家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
住まいのウンチクを知って活かす
集うことに価値を見いだす空間をつくる
まだまだアフターコロナの世界は見えていない中、新型コロナウイルスによって生まれたその生活のスタイルは「巣ごもり」といった表現が使われるようになりました。コロナ禍によって家をつくることに対して大きく変化することは無いでしょう。しかし、テレワーク用のスペースが必要だとか、玄関近くに洗面コーナーを設ける人が増えてきたといった細やかな変化はあります。ただ、少なくとも以前より、一般に集うことや集まる空間を共有することの価値は高まったと言えるのではないでしょうか。つまり、これからは「集うことに価値を見いだす空間」を自分なりにどのようにつくっていけば良いのかを考えていく必要があると思います。そんな時こそ住まいに関しての言葉や成り立ちを知ることで、機能的でしかなかった住まいに新しい集う空間を見つけ出すきっかけになるかもしれません。これらをふまえて今回は、今までと少し趣向を変えて、気軽に読めるようなエッセイにまとめてみました。
●玄関と勝手口
●日本語と間
●窓と間戸 です。
これらの言葉の成り立ちや背景を知る事で、その言葉がザラザラとしてくるのです。そのザラザラはきっと住まいづくりのヒントになってくれます。
●玄関と勝手口
住まいにはさまざまな機能があり、その機能は室名によって表されます。その中で食堂、客間、洗面室、浴室等は漢字から機能を想像することが出来るのですが、玄関と勝手口は想像しづらいところがあります。実は、この2つの室名には他の室名と違ってある深い意味合いが込められているのです。玄関は「玄妙に入る関門」の略で、これは禅の言葉です。玄妙には奥が深く悟りの境地の意味があり、関門は明らかに関所の門のことです。関所は、人や荷物の往来を取り締まる場所なのでここでは外と内とを隔てる意識を表しているのです。人は外の社会で日々様々な事に出会い、時には重い気分で帰路につく事もあるでしょう。しかし玄関は心の切り替えの場です。扉を開け中に入った瞬間からはたとえ外で嫌なことがあったとしても心を鎮め、暗い気持ちから明るい気持ちにリセットするための空間であるということです。勝手口は我がまま勝手の勝手ではなく、糧(かて)の語源からきている言葉で、糧は食糧の糧にも使われるように炊事場への出入り口なのです。
近年は建築の言葉に限らず本来の名称をカタカナ語で表現する傾向が多く見られます。しかしながら日本語に隠された先人の感性を知ると改めてこれまでの生活を見直したり生きるヒントにもなってくれるのです。
●日本語と間
私たちは日常会話の中で「間」という言葉をよく使います。「間が悪い」「間をとる」「間に合う」等、時間と空間の両方の意味を含んで表す曖昧な言葉にも拘わらず感覚を共有出来るのは、おそらく日本語の成り立ちからきているのではないでしょうか。
英語は動詞が主語の次にきて重要なことが早い段階で明らかになります。しかし日本語は主語と述語の間に様々な情報を挟みますので、動詞は最後の最後にきます。「どうする」にたどりつく前に「こんなふうで、あんなふうで」といった間をとることで、言葉の余韻や膨らみを持たせているのです。この感覚は、建築の空間にもまた通じるものがあります。
従来より日本家屋は、玄関、縁側、床の間、など直接の居住空間ではないスペースを、用途と用途の間に挟んで間取りをつくってきました。ところが近年の住まいは機能的で効率性を重視するあまり、主語の次に動詞がくるような余白のない間取りになっています。日常会話でも住まいにおいても、一つ何かを挟むことで伝える内容が豊かになったり、空間に柔軟性を与えたりすることができます。こうした住まいの余白のスペースは緩衝帯となって、心が開放されコミュニケーションが誘発されたり、時には逃げ場にもなったりします。
このように日本人の感覚の根源には、日本語のもつ「間」の文化があるのです。
●窓と間戸
住まいにはいろいろな開口部があります。その中でも、室内環境の居心地を良いものにするために、窓の果たす役割はとても重要で考え方は国や地域によっても大きく違ってきます。
英語で窓はwindowなので風(wind)を通す穴ということで、ヨーロッパでは石やレンガ造りの建物の特性もあり窓は最小限しか設けません。彼らにとっての住まいは、自然と完全に遮断された空間であることが重要なのです。窓面積が小さければ当然壁が多くなりますので、絵画や照明などによるインテリアを楽しむ文化が生まれます。それに対して日本の窓は、窓ではなく間戸(まど)でした。外と内を仕切る板戸、部屋と部屋の間(ま)を仕切る襖や障子など、高温多湿の日本では間戸によって光や風を微妙にコントロールしていたのです。間戸は開放的な空間をつくりますので、壁への意識は希薄になり、インテリアを楽しむというよりは、積極的に外の風景を取り入れたり、障子や欄間によってできる光や影を慈しんできたのです。「窓と間戸」は同じ開口部ですがその成り立ちや考え方は全く異なるのです。今日私たちはこの両者を合わせて「まど」と呼んでいますが、窓がもたらす壁で心理的な安定感と、間戸がつくる自然との一体感を意識してみることでより魅力的な空間をつくりだすことが出来るのです。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。