家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
家をもつことの価値を考える
これからは心理的寿命や生活的寿命も重要
2022年の新築住宅着工数は約86万戸でした。今後の予想では、2030年度で74万戸、2040年度になると55万戸と減少していく見込みです。さらに分譲や貸家を除いて、持家だけに限ってみてみると、2022年度は25万戸でしたが、2040年度には、15万戸と予想されています。
こうした住宅事情の背景を考えると、これから家を建てる人は耐震性や省エネはもちろん、こだわりや想いもより深まった住まいづくりをしていくのではないでしょうか。つまり、経済的な資産価値ばかりではなく、心理的寿命や生活的寿命が長く保つことができ、より高い価値観のある住まいづくりが求められていくでしょう。
そこで今回は新年を迎えるにあたり、家のもつ意味や家のあり方などをコラム的に3本のメッセージを交えながら、一緒に考えていきたいと思います。
建築と美
建築を設計する際、建築家は施主の要望や敷地条件をもとに周辺環境を読み取り、デザインを決めていきます。この時、外観のデザインにおいて特に配慮することは、建築物の形や色が自然環境の中でどう見えるかという、自然との親和性(調和)です。季節や時間と共に変化する自然と、人工物である建築が融合し響き合ったとき、そこに美しい一枚の風景が生まれるのです。
人は美しいものに憧れ美しいものを求めます。たとえば青々とした山河、咲きほこる花、朝日の輝きや茜色の夕焼け…それらを前にした時に、その圧倒的なスケールと美しさに、しばし立ちつくしてしまうことがあるでしょう。そして、そうするうちに私達が日常しばしば抱える悩みや迷いがふと軽くなる瞬間が訪れます。自然の中に身を置くことで、自分もまた抗うことのできない自然界の営みの一部であると気づかされ、諦めに似た安堵感とともに、あるべき自分の姿や守らなくてはいけない健康な心に巡り合い、対話することが出来るのです。
人が美を感じるものは自然美だけでなく芸術、造形、機能、そして精神性の美もあり、また美の定義や感覚は人それぞれに違います。ただ共通していることは、それらが人に希望を持たせたり、行動を促したりと生きる力を与えてくれていることでしょう。
美しいものを美しいと感じる能力は生まれた時から人間に備わった大切なギフトなのかもしれません。
かたとかたち
私達は日々生きていくなかで、たくさんの物に囲まれて生活を営んでいます。物にはすべて「かたち」がありますが、この意味をあらためて調べてみると「視覚や聴覚によって捉えられるもののありさま」と説明があります。「形(かたち)」は「かた」とも読みますが、ここでは「かた」に「ち」が結びつくことによってその意味がどう変化していくのかを考えてみます。
「かた」とは「型」であり「同じものを複数作るときの元」「基準や手本となるもの」の意味を持っています。一方の「ち」ですが古代から日本人は自然に潜む霊的な力、眼にみえぬ生命力の働きを「ち」と名づけ尊重してきました。「ち」とは“いのち”の「ち」“ちから”の「ち」であり、さらに「血(ち)」や「乳(ちち)」「土(つち)」「道(みち)」「東風(こち)」「雷(いかずち)」などの言葉に「ち」は存在しています。
「かた」という均一で安定しがちなものに「ち」の働きが加わることによって動きやリズム、そして、ざわざわと何か渦巻くものが生み出されてくることを、先人達は感じとっていたのかもしれません。
人は生きていく上で人生設計という大きな「かた」を想定することがあるでしょう。そして、そこに個々の体験や考え方といった「ち」が注ぎ込まれることによって、その人なりの生きる「かたち」がゆっくりと時間とともに創られていくのだと思います。
大黒柱
日本とヨーロッパの家づくりにおいて大きな違いは、屋根を先に作るか後につくるかにあります。日本は柱を立てるのと同時に屋根を架けますが、ヨーロッパはレンガなどで積み上げていきますので屋根は最後になります。
日本の伝統的住まいは、柱を立てることで空間の骨格が形づけられるということで、柱には特別な想いを込めてきました。例えば伊勢神宮の神殿の中心に立つ柱は「心御柱」(しんのみはしら)と呼ばれ、神が天と地を往来する際の手がかりとすることから、古来より神聖視されてきた歴史があります。こうした歴史を受け継ぎ、「住まいの心御柱」としての役割を求められてきたのが大黒柱です。それゆえ太くて硬いケヤキ材を用いて構造的にも力強い表現をこの柱に与え、さらには大黒天をまつり、内部空間の中心としての象徴性を高めていったのです。
大黒柱という言葉から転じて「その家の中心的な役割を果たす人」を同様に大黒柱と呼ぶことは良く知られています。現代住宅では耐震性を考えて複数の柱にバランスよく力を負担させるので、大黒柱のような太い柱は必要なくなりました。また、このことは今の家族の在り方とも通じるものがありそうです。家族ひとりひとりが自分の役割を果たしつつ、時には頼り、頼られながら共に一つの家族を築いていくという関係性や距離感。そしてそれを温かく包み込むのはやはり住まいという器であると思うのです。
まとめ
今回はノウハウやテクニックではありませんが、着工数が減少するなか、ますます家を持つことの意味合いを深く考え、価値のあるものにしたいものです。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。