家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
自分「らしさ」をつくり出すには「食」と「住」を意識してみる
人間が心身共に回復する要素は3つ
誰もが必ず「食べる」ことをして生きています。食べなければ死んでしまいます。また料理は自分の体のことや生活のこと、身の回りの社会のことを考えるきっかけをつくってくれます。住まいの中で人間が心身共に回復する要素は3つあり、「食べる」ことの他に「寝る」「入浴」があります。
これら3つの要素の中で、「寝る」と「入浴」は、どちらかといえば一人で行うことなので、閉鎖的な空間で他者と関わりを持たなくても成立します。しかし、「食べる」要素は家族とのコミュニケーションを高めたり、日常生活を支えたり、健康を確かめ合ったりと、生きる上ではもっとも重要な事で、基本的には開放的な空間で他者との関わりの中で楽しみ、心地よいものになっていくのです。
キッチンはあまり使われていない?
家は耐久性や耐震性はもちろん、日常生活の為の使い勝手のよい計画が必要です。なかでもキッチン、ダイニング、リビングなど家族が集まるスペースは誰も関心が高いものです。
特にキッチンは「こんなキッチンにしたい」とスタイルから入って決めている人も多く見受けられます。しかしこだわって決めたにもかかわらず、半年くらい経ってもキッチンをうまく使いこなせていない印象を受けることがあります。それは憧れだけで決めていたり、共働きで忙しいので料理をつくる時間がなく、ついデパ地下などのお惣菜や冷凍食品等で済ませてしまうことが理由のようです。
つまり内のご飯ではなく、外のご飯になっているのです。
ハレの日が多い日常生活
外のご飯はきっとプロががんばって作る味なので、食べる方もテンションが必要なはずです。したがって体や心を多少なりともくたびれさせてしまうのではないでしょうか。又外のご飯を「ハレ」とすれば、家で作るご飯は「ケ」です。現在の日本人の生活はあらゆる面でハレの日とケの日がなくなって、一年中ハレの日だらけになってしまうように思います。ハレの日が多くなると人間は何となく体や心をくたびれさせるものです。そう考えると家の料理も含めて、暮らしの中に日常を大切にする行為をつくっていかないと、家は休まる場所にはならないということかも知れません。
※文化人類学等において「ハレとケ」という場合、ハレは儀礼や祭りなどの「非日常」、ケは普段の生活である「日常」を表わしている。ハレの日には、餅、赤飯、白米、尾頭付きの魚、酒などが飲食され、そのための器もハレの日用であった。
自分のテンポで生きる
お弁当やお惣菜を買ってきて食べる。建売の住まいを購入する。料理と住まいを簡単に比べることはできませんが(価格が全然違います)、これは他人の造ったテンポを受け入れて生きているということです。建売りの住まいであっても、カーテン、家具、インテリア小物など自分らしくデザインする余地はたくさんあります。
しかし今の時代は便利すぎてあまり考えなくても通り過ぎることができる社会です。だからこそツルツルした情報に惑わされることなく、あえて多少手間がかかるザラザラした情報にぶつかり、ひと手間ふた手間をかけ、そこから自分のテンポで生きられる自分らしさをみつけることが大切なのです。
それがゆったりと休める場所になるということです。
その家の「らしさ」をつくり出す
人の記憶は五感で司られています。中でもその大部分が視覚(目視)による情報です。しかし視覚による情報は意外と記憶に残らないものです。一方嗅覚(匂い)や味覚はどうでしょう。小さい時に食べたお母さんの手料理の味は30年たっても匂いと共に味までよみがえってくることがあります。それは料理にその家の「らしさ」が込められているからです。
建築もまた同じです。画一的でメンテナンスフリーの家は記憶に残りづらいものです。建材ではなく素材がつくり出す経年の美しさは、味覚の様に時間と共に記憶に残るものであり、そこにその家の家族の歴史が表現されるからです。
たとえば床のキズ、間合いのある壁から反射される光の美しさなどです。そんな日常生活の美しさをつくることが大切で、これらのことが心の回復を図る手助けとなって居心地の良い休まる家になるでしょう。
現代は多くの情報があり、その中で比較し選択することが多くなりました。そうではなく自分らしさとは一体何かをじっくり考え、時には格好悪くてもそれが自分の求めている家であれば、それもまた格好が良いことではないでしょうか。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。