家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
これからの家づくりに考えておくこと
集うことに価値を見出す空間をつくる
新型コロナウイルス感染症が発生する以前、私は「家族」という言葉の持つ意味が社会の中で小さくなってきているように感じていました。しかしながら、新型コロナが発生してから以前とは違う個のあり方と空間の魅力を考えなければならなくなりました。建築家は、人々が集まる場所を機能的で魅力的な空間につくりあげることが仕事です。しかし、単に機能的で画一的な空間であれば人は集まる価値は見出さなくなります。あらためて個人住宅における集うことに価値を見出す空間をつくるにはどういうことが大切なのかを考えてみます。
時間がつくる安心と経年美
今は安心が消え不安が極大化した時代ともいえます。安心を得るために必要なことはただひとつ、それはともに時間を過ごす人がいて、それをやさしく包み込む空間があることです。その時間は、「目的的」であってはなりません。目的的とは価値を得られるように過ごすことです。今は短時間でより多く価値を増やすことが求められていますが、安心を得るにはただ共に過ごすことだけです。そうであれば、その時間を過ごす空間はどうつくれば良いかというと、四季の変化が感じられ、時間と共に経年美をつくってくれる素材の使い方です。
つまり、時間をかけて「美」を醸し出してくれる材料を空間の中にどうデザインするかです。主に無垢材、珪藻土、漆喰、和紙、畳、コルク、リノリウム、植栽などで、生命感を感じさせる有機質な材料です。これらの材料は、視覚的にもやさしいのですが、触った時の手触り感がとても豊かさを感じさせてくれます。人間は、視覚の記憶よりも触覚の記憶の方が印象として強く残ることがあるのです。例えば、一般に床材はキズがつかないように固い合板の積層フローリングを多く使います。一方、針葉樹のスギや赤松の無垢材は軟らかくキズは付きやすいかもしれませんが、弾力性や温かみもあり、素足で歩いても手で触ってもとても気持ち良さが感じられます。たとえキズが付いたとしても、時間が経てばそのキズは目立たなくなるから不思議です。時にはそのキズに触れて、家族で過ごした日々を懐かしむこともあるでしょう。それも住まいの価値といえるでしょう。
引き算で住まいの価値を高める
これまでの住まいはプラスαの付加価値をどう付けていくかに重きを置いて考えられてきました。それが豊かさでもありました。つまり、足し算の考え方です。そうであれば、これからは引き算をすることで住まいの価値や、何が大切か見えてくるはずです。例えば、寝室は近くのビジネスホテルに行って泊まれる、浴室は健康ランド、トイレは公園、食事はレストランで代用できると考えてみるのです。そう考えていくと外で代用できないのは家族の団らんです。団らんは、見慣れた空間や思い出深い品々に囲まれてこそリラックスして安心感が生まれるものなのです。
このように引き算をすることで住まいにもっとも重要なことは団らんということが分かります。家族それぞれが、団らんをどのようにデザインしていけばよいのかが設計のポイントにもなるのです。たとえば、夫婦二人キッチンで料理をつくるとなれば、それなりの広さや動線を考えなければなりません。また、キッチンの近くに子供用ワークスペースをつくって見守っていくことも大切なことで、安心感も与えます。洗面ボウルを2個用意して何気ない会話をつくり出すことも朝の団らんといえるかもしれません。団らんを軸に他のスペースとの関係を考えてみてはいかがでしょうか。
在宅生活は逃げ場も必要
コロナ禍後の生活スタイルに「巣ごもり」という表現が使われていますが、テレワークやオンライン学習、オンライン飲み会など、ネットワークを使った在宅生活は今後より進んでいくでしょう。そうした場合、住まいの中に様々な場を意識してつくる必要があります。
それは次の4つが考えられます。
①見せ場 ②遊び場 ③逃げ場 ④隠れ場 です。見せ場や遊び場はイメージできると思いますが、逃げ場や隠れ場はアトリエ、書斎、ロフト、インナーガレージ、家事コーナー、和室などです。これらのスペースを他の空間とつなげる、あるいは独立させてみます。住まいは見せ場としての「ハレ」も大切ですが、ハレばかりだと疲れることもあります。在宅勤務には、逃げ場という「ケ」のスペースをつくっておくことも必要です。これからは、特に重要になってくるでしょう。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。