家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
施主の年齢は夫81歳・妻79歳です
家づくりの適齢期は
住まいづくりにおいて、しばしば「適齢期」という言葉が使われます。結婚からある程度の年月が経ち、子供ができ、「そろそろ子どもたちを育てるのに相応しい住まいを手に入れたい」と考えて購入される方たちです。
年齢的には30歳後半から40歳前半が適齢期といわれています。事実、2020年度において住宅支援機構の「フラット35」を利用してマイホームを購入された方の平均年齢を見ると、注文住宅で43.4歳、建売住宅で39.3歳、新築マンションで42.8歳でした。特に、ここ2~3年の傾向としては30歳代の割合が減少し、50歳以上の割合が増加している状態にあります。
家づくりに適齢期はない
家づくりの適齢期といわれる要因としては、子供の教育やローンの返済などが関係しています。一方でそれらとは全く関係のない人、特に高齢者は時間や資金にも余裕があるので、「本当に満足できる家を建てたい」という「終の棲家」を求めるのでしょう。
今回紹介する施主は夫婦の年齢を合わせると合計が160歳の方々です。私はこれまで250棟の個人住宅を設計してきましたが、もちろん最高齢の施主であります。しかし、そこから見えてくる住まいに対しての考え方や、生き方には多くの学びがありました。これからの住まいづくりにも参考になると思い取り上げさせていただきます。
施主のプロフィールと要望
○人となり
・現在首都圏に住んでいる土地を売却し、その費用で長野にある避暑地の土地を購入して家を建てたい。
・夫はプロ級のケーキ職人(元銀行の役員)で人を喜ばせたい。
・妻はフリーのインテリアコーディネーターで、インテリアを通して地域の人達と一緒に暮らしを楽しむ講座をつくっていきたい。
○建物に対しての主な希望は6つ
①地域の人たちと交流できるスペースをつくって欲しい。そこでケーキを作ることと、ミニ講座を催したい。
②宿泊希望者がいれば2階に泊めたいので、2階にもミニキッチンとシャワールームを設置して欲しい。
③住まい全体はあまり区切らず、常に気配を感じられるオープンな空間づくりをして欲しい。
④寝室は2階とするが、万一を考えて1階にも小さな畳スペースを設けて欲しい。
⑤段差のバリアフリーはもちろん、熱環境に対してのバリアフリーも重視して欲しい。
⑥自分たちの年齢の数をヒントに、その数字を建物のデザインに活かして欲しい。
○提案した平面図
○竣工した建物
建物に対しての希望はこんな形で具現化をしました
①~⑤までの要望は平面図を見ていただければ何となく分かるでしょう。難しかったのは⑥の「自分たちの年齢の数をヒントに、その数字を建物のデザインに活かして欲しい。」という要望でした。この部分はお二人が共に歩んできたという想いを込めて、階段のデザインに活かしました。1940年生まれ(夫)、1942年生まれ(妻)の数字を掛けたり割ったりして出た数字を手すりの高さ、踏面の広さ、蹴上の高さに設定することで、寸法に温かみが生まれました。
住まいづくりを通して学んだこと
家を建てる際、誰もが綺麗で美しい家を建てたいものです。室内空間をトータルコーディネートしたり、絵を飾ったり、小物に気を配ったりもします。それは人間が美を求めたり、触れることで豊かな気持ちになる「心地よさ」を感じるからです。
今回の施主はこれまで美を求めて人生を歩んできましたが、打ち合わせの段階から、今後も年齢に関係なく美を求め続けていく強い姿勢を感じました。例えば私が「機能的ですよ」「楽ですよ」と提案すると、「それは美しいですか?」と何度も問われていました。私達は物事を判断する際、高い・安い、便利・不便と判断しがちですが、そこに美しいか・美しくないかという視点はあまり持っていません。
しかし、住まいには機能性も重要ですが、美の空間を設けることも大切です。それが生き方の表現になればより自分の家に愛着も生まれるでしょう。
情報社会の昨今、ツルツルした表面的な情報はたくさん集められますが、自分らしいザラザラした人間味のある空間をぜひつくって欲しいものです。
お二人の住まいづくりは、常に自分たちの生き方の延長線上を考えていて、「あと何年生きられるのか」というネガティブな考えではなく、地域社会に貢献する心と、たくましく行きゆくという力強さを感じました。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。