家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
住まいのウンチクを知って活かす③
「住」のもつ文化的背景を知って、家づくりのヒントに
住まいは、家をつくるためのノウハウ情報を集めることだけでなく、「住」のもつ文化的背景を知ることも大切です。気軽に読んでいただきたいと思い、コラム風に短い文章でまとめています。
1回目は2021年6月号で「玄関と勝手口」・「日本語と間」・「窓と間戸」。2回目は2022年11月号で「坐と座」・「光と生活」・「心地よい色」という内容でした。
今回3回目は「コミュニティとコミュニケーション」・「引き算のデザイン」・「引き戸と縁側」のテーマで書いてみました。ぜひ家づくりのヒントにしてみて下さい。
コミュニティとコミュニケーション
毎週日曜夕方から放映される、2本の長寿TVアニメがあります。なぜこれほど長く視聴者に支持されているのでしょうか? おじいちゃん達は情に厚く他人の幸福や利益を優先して行動し、おばあちゃん達は孫達を温かく見守り、たくさんの知恵を持って家庭生活に潤いを与えてくれます。そしてこの家族間のコミュニケーションは個々の生活(仕事・学校・家事等)を通じてゆるやかに地域とつながり、地域の共同体というコミュニティを形成していきます。
私達は地域でのコミュニティと、人間関係をつくるコミュニケーションの2つを持って生きています。それはおそらくどちらかの対応が困難になった時に、もう一方が協力するという「生きる術」であったのではないでしょうか。アニメの家族たちには、何世代にも渡って培われてきた、「日本人のコミュニティとコミュニケーションの在り方」を垣間見ることができます。
社会の変化と共に家族関係や地域の結びつきは弱体化する傾向にありますが、人々の意識の根底にはツルツルとした表面的な情報だけでなく、ザラザラとした心の機微に触れたいという欲求が存在しているのです。ザラザラした仕掛けを意識して、内部空間のデザインを心掛けてみてはいかがでしょうか。きっとオンリーワンの家づくりが出来るはずです。
引き算のデザイン
日本の住宅は高度成長期以降、常に快適性と利便性を追い求めて進化してきました。そして近年では、2階にも水回りの追加設置や設備機器のシステム化の利用などが積極的に取り入れられています。しかし、一度立ち止まって考えていただきたいのは、利便性ばかりを求めていくことで「家族間のコミュニケーションが置き去りにされてないだろうか?」ということです。例えば、住まいの機能を加えていく前に、引き算できるものがないかを考えてみましょう。少し強引な例ではありますが、仮に食事はレストランやコンビニで済ませ、寝室はホテル、トイレは公共施設を利用するとします。すると、住まいには最終的に何が必要なのかが見えてこないでしょうか? 最後に必要になるのはおそらく「団らん」でしょう。つまり、住まいづくりはこの団らんスペースをどう位置づけ、他の部屋とどう有機的につなげていくかがとても重要であり、引き算のデザインから見えてくるのは家族が本当に必要とする家のカタチなのです。
近年はあまりモノを持たないで暮らす人(ミニマリスト)や、不便をあえて受け入れることで、その体験を自らの行動や思考につなげていこうとする「不便益」の考え方もあります。不便はマイナスであったとしても、捉え方によってはプラスを生み出す要素にも成り得るということです。これからの社会に求められる視点は、たし算寄りの引き算のデザインかもしれません。
引き戸と縁側
南北に細長く、しかも四季の変化の大きい日本列島において、住まいづくりで重要な役割を果たしてきたものに引き戸と縁側があります。引き戸は開き戸に比べると開閉の調節が自在で、光や風の微妙なコントロールが可能です。また、縁側は家の内と外をつなぐ曖昧な境界領域として、日本家屋ならではの独自の位置づけになっています。いずれも夏冬の気候の変化に対応しつつ、豊かな自然を取り入れて親しむことのできる建築空間を構成するための要素です。
さらに、両者にはもうひとつの役割があると考えています。日本人は重要な感情を言葉だけでストレートに表現することが苦手なので、それなりの状況設定や道具立てに頼ることがあります。例えば、ドラマのシーンで引き戸の開閉具合を使って気配や相手との距離感を表したり、リビングや個室ではなく、縁側で庭を眺めながら家族が語らう場面があるでしょう。また、時代劇などでは家来が代官に判断を仰ぐ場合で、代官が一旦縁側に出て一呼吸置き、戻って命令を言い渡すという演出も見られます。
このように、日本人がつくり出した引き戸と縁側には、用としてはもちろん、心情や立場を表現する舞台装置としても役立ってきたのです。
昨今の住宅ではその在り方が少し変化し、引き戸はバリアフリーの視点から見直されており、また縁側はベランダやウッドデッキのように形を変えてその役割を維持しているように思います。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。