家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
ニッチで空間を楽しむ
壁は構造とインテリアの両面をもつ
古来より、日本の家づくりは「間戸」といって、部屋と部屋を間仕切り、外とのつながりを自由に取り入れて四季を楽しむ間取りです。そのため、外に向けて大きな開口部を設けていました。一方、欧米の窓は通風のための窓であり、開口そのものも大きくありません。もちろん気候風土が大きく影響していることもありますが、木と石の文化の違いともいえます。
しかし日本の場合、戦後以降となると建築基準法の改正のみならず、住まいの性能や安全性(特に耐震性や省エネ化)への関心が高まり、日本古来の柱と梁で建物を支え大きな開口部をつくる工法から、壁や窓のあり方も重要な役割であると考えられるようになりました。言い換えるなら「開く家づくり」から「閉じた家づくり」です。
耐震性において重要な役割とされているのが「壁」です。間取りの中で縦方向と横方向の壁を、バランスよく配置させることが基本原則とされています。ただ、その原則に則ると壁が多くなり、面白みの欠ける壁が立ちはだかった空間となってしまいます。そういった背景を踏まえ、近年よく採り入れられるようになったのが、「ニッチ」です。
ニッチとは
ニッチとは壁の一部分を凹ませてつくった小さなスペースのことです。形やサイズ、凹ませた内側の素材、なかには照明で演出させるなどスタイルは様々です。
ニッチは壁の厚みを利用してつくられます。一般的に壁の厚みは12cm前後となるので、実際の奥行有効寸法は8cm程度となります。わずか8cmのスペースですが、このスペースがワンポイントとして暮らしに潤いを与えてくれるのです。
暮らしに潤いを与えるニッチ
・玄関や廊下
玄関は外の世界から内に入るための心を切り替える場です。絵を飾ったり、花を置いたりすれば、気分を変えることが出来ます。ただ、スペースの関係でどうしてもコンパクトな玄関になってしまう場合は、玄関廊下の壁を利用して、ニッチを設けてはいかがでしょうか。
・クローゼットの横に
クローゼットは出来る限り収納量を多くしたいので、連続した扉が並びます。画一的な空間となり、やや単調になりやすいです。そんなスペースにニッチを設けることで、ホッとした息抜きを感じさせる場にも出来ます。下のニッチは収納横に設けた例です。「隠したい収納」ではなく、「見せたい収納」として活用する方法もあります。
動線の導きとしてのニッチ
人間は移動する際、必ず何かの手掛かりを視界に入れて移動します。仮に廊下から自分の部屋に行くとなれば、自分の部屋のドアを目指していくでしょう。その際、そのドアまでの距離感にニッチを設けてあげれば、そのニッチを目指して移動することで、多少なりとも心理的に感じる距離感や無機質な空間を和らげて演出してくれるのです。
この事例はニッチの両側に子供部屋の扉があるため、廊下の正面にニッチを設けて空間を和らげることにした。
ニッチを階段の建築化照明として利用
照明の照らし方で建築化照明という手法があります。これは構造と一体化させた照明方法で、出来る限り照明器具の存在を隠しつつ、明かりを演出する照明方法です。
ニッチを廊下やリビングの一部にアイポイントとして採り入れ、建築化照明とすることで、空間にやさしい雰囲気をつくってくれます。
この考え方をもとに、階段壁にニッチをつくり、その中に照明器具を入れて光のアクセントを設けてみました。夜の安全性だけでなく、光が演出する階段は「ギャラリー階段」といえるようなものとなりました。
ニッチを照明として採り入れることで、豊かな雰囲気を醸し出します。
※写真はすべて佐川旭建築研究所の設計事例
ニッチを設ける際に注意すること
壁厚を利用して奥行きをつくるため四方枠を設ける、あるいは上・左右の壁紙を巻き込んで下台のみつける方法があります。また、すべて壁紙を巻き込むか、塗装仕上げをするといった方法も考えられます。
一般的にニッチは前述したように奥行き8cm程度ですが、もう少し奥行きを設けたいのであれば、その部分の壁厚をあえて厚くし、奥行きのあるニッチをつくることも可能です。
いずれにしても、ニッチを設ける場合は大きさ、奥行き、その目的、さらには目線の位置なども考慮しながら設置することです。
ニッチは、画一的でやや無機質な空間にアクセントを与え、飾るものによってはそこに住む人の顔も見えるため、家づくりの一助となるでしょう。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。