家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
増加傾向にある建築紛争から学ぶ
建築紛争は長期化しやすい
近年は、SNS(ソーシャルネットワーキングサービス)の普及によって、容易に建築家を探したり、気軽に質問や問合せができるようになりました。施主にとっては自分の好みに合う建築家を探すことができたり、疑問解決への筋道をつくる上ではとても便利になりました。しかしながらその反面、特に都市部では建築紛争が増加傾向にあります。
建築紛争は医療、知的財産権の事件とも並ぶ専門訴訟の代表的なものといわれ、審理は長期化しやすく、訴訟にかかる時間や労力・費用等も大変なものがあります。したがって、誰もが紛争は起こしたくないものです。それではなぜ建築紛争は起こるのでしょうか。
まずは、2つの建築紛争に関する事例を紹介しましょう。
建築紛争事例と心構え
①1つ目は〈設計者による工事費予算オーバー〉に関する事例です。
【事例概要】
設計者は施主から住宅の設計を依頼され、打合せを重ねながら基本設計、そして実施設計を終了させました。併せて建築確認申請の許可も済ませました。その後、数社の工務店に見積り依頼をしましたが、全て大幅な予算オーバーとなり、なかなか着工となりませんでした。施主は、予定着工日も遅れ、時間だけが過ぎていくことに不信感を持ち始めたのです。
当然、その間のやりとりはあったものの埒が明かず、設計契約の解除と既に払っていた設計料の一部返還を求めたのです。
〈解説〉
注文住宅の難しいところは、施主の様々な要望を聞き、そして提案・整理をしてまとめていかなければならないことです。その中には、建築基準を守る事はもちろん、コストバランスをどう考えて表現していくかも求められます。今回の事例は、予算の2倍近い見積り金額となったため調整はかなり難しい状況だったのです。
設計士は「予算オーバーは施主の要望に従った」と言っても、予算の2倍近い見積りが出てしまっては「建築家のコントロールがまずい」と言われてもしょうがありません。
裁判所の判断は、設計者の責任ということで業務報酬が清算される結果となりました。
〈施主としての心構え〉
注文住宅であれば、施主の要望を受け入れるのは当たり前です。ただ、設計士が予算の2倍近い見積りになる事は打合せを進めていく中で分かるはずです。もしかして、デザイン指向が強く、コスト管理に弱い設計士だったのかもしれません。
注文住宅は、予算より若干高くなる傾向がありますが、高くなっても2割以内で収めることです。その辺りの予算感覚は、施主それぞれに違いますので、依頼するときに明確にしておくことが大切です。また、仮に打合せ途中に高価な設備や内装材をとり入れることになった時は、どのくらい予算オーバーするか必ず確認しておくことです。
②2つ目は〈始めに依頼した設計士がデザインした外観を、次に依頼した設計士にそのまま使うように指示した〉という事例です。
【事例概要】
施主は、始めにA設計事務所に設計を依頼しました。しかし、最終的に納得する設計とならなかったため、A設計事務所との契約を解除したのです。その後、別のB建築家に依頼し、A設計事務所でデザインした外観をそのまま使うようにお願いしたのです。建物は完成したのですが、A設計事務所はB建築家に対し著作権侵害のクレームを申し入れ、争いとなりました。
〈解説〉
まず、『設計図面は著作権であるかどうか』という問題ですが、設計図面は著作物です。著作物ということは著作権が発生します。したがって、この事例はA設計事務所のデザインである旨の表示を義務付けられ、B建築家の氏名表示は剥奪されました。
〈施主としての心構え〉
かつて、販売される敷地は全て同じような面積の広さはありませんでした。しかし、まとまった宅地が分譲されるようになると、建物は似たような外観が建ち並ぶようになりました。経済効率からの住まいづくりをしているからです。近年は、そういった住まいを好む傾向と、オリジナル住まいをつくる施主と別れてきている様に感じます。いずれにしても、様々な情報や資料が容易に手に入ることができる社会です。設計図面も著作権があるという認識の元、手に入れた資料等は参考程度にして、一生に一度の住まいづくりを何とか工夫してオリジナルのある住まいをつくりたいものです。
佐川旭のアドバイス
土地や建物は不動産です。ずっと維持して見守っていく必要があります。したがって、建物をつくる際にはデザイン性はもとより、メンテナンス性も含めて様々な経験値も求められます。①の事例では、コストバランスの経験値が少なかった事から起きてしまったのかもしれません。②の事例は、施主にも道徳観や倫理観が求められるということです。人は誰もがトラブルは起こしたくないものです。しかしながら、建物を建てるという行為はゼロから作りあげていくものなので、どうしてもコストのアップダウン、そしてイメージの違いなどが生まれやすくトラブルになりやすいのです。それらを踏まえながら、施主も心構えをつくっていくと信頼関係の糸口が見つかるのかも知れません。ともに糸口が見つかると、そこから建物が建っている間もずっと信頼関係が続き、将来に渡って不動産の管理も楽になることでしょう。そんな家づくりをしてほしいものです。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。