家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
住まいは今こそ共感力のあるデザインが必要
建築は人が集まるためにつくる
コロナ禍と共に家庭内暴力、引きこもり、いじめなど様々な問題がニュース等で取り上げられています。原因は様々あります。一言で片づけられる問題ではありませんが、地域力の衰退と家族力の希薄化が原因のひとつに挙げられるでしょう。現在日本は、夫婦+子ども1人世帯26.1%、単身世帯35.7%と家族力は益々低下の傾向にあります。さらに、通信や情報の発達によって人間は益々「個」としての生活スタイルになりつつあるように感じます。そういった社会背景をふまえながらこれからの住まいを考えてみましょう。
集まることへの価値を高める工夫が求められている
住まいはもとより、建築はどんな用途であっても基本的には人が集まるためにつくられます。したがって、集まり方のデザインをしていくことは、建築のもつ普遍的なテーマともいえます。しかしながら、コロナ禍によって集まり方を制限され、より集まることの価値を高める工夫も求められているのです。
したがって、住まいづくりにおいても、改めて集まるスペースの場をどう考えていくかが大切ではないでしょうか。
そもそも家族って何?
建築における集う場を考える前に、そもそも家族ってなんでしょうか。文字通り家(いえ)族(ぞく)と書くので、同じ家に住んでいる族(うから)、つまり血族、身内のことです。しかしながら、もともとは「個」の集まりなので、共感力を深めていかなければ安心感や信頼感をつくることはできません。その前提に立って、住まいのデザインはどこで共感力を深める工夫をすればいいか考える必要があるのです。一般的に共感力を求める場としては、ダイニングとリビングです。これは誰もが納得する場所かもしれませんが少し違った視点で空間を捉えてみましょう。
共感力を深める場はどこ?
仮に外で嫌なことがあって、何気なく玄関に入りそのままモヤモヤした気持ちを引きずってリビングやダイニングに入ったとしても、気持ちの切り替えはできません。玄関に入ってリビングまで少しでも歩く長さが長ければ、そこで気持ちの切り替えができます。そもそも玄関という漢字にはそういう意味があるのです。玄は善の境地である玄妙の略であり、玄関とは「玄妙に入る関門」、関所のことなのです。出入りに際して心理的なけじめをつけ、意識を変えなければいけないスペースです。つまり、ここで気持ちを切り替えることが家族の団らんにつながってくるのです。
もう一つは階段です。玄関が住まいの中で出発点とすれば、階段は各フロアの出発点になり、ここをスタート地点として生活動線を考えなければなりません。上下階の縦空間を結ぶ役割を果たすので、上手く生活動線がつながらないと日々のストレスにもつながっていきます。また、階段は吹抜空間でもあります。吹抜空間は、光や風、匂い等は勿論、家族の気配までも伝えるスペースでもあります。つまり、間取りを考える際、共感力を深めていく心の下地は玄関と階段デザインにあるということです。
設計にどう活かす?玄関と階段
全体の床面積の中で一般的にはリビングやダイニングはより広く、玄関や階段は小さいスペースになりがちです。まずはそこを考えてみましょう。
【玄関】…玄関に入ってすぐ目の前に壁があると、そこで視線が跳ね返されてしまいます。出来ればエアロック(※)的な機能を持たせ、間口を狭くして長さをつくり、奥へと引き込ませ心理的奥行をつくりだすことです。その間に外から内への心理的移行がなされ、心を落ち着かせることが出来るでしょう。それが家族のよりよいコミュニケーションにつながり、共感力を育むきっかけづくりになっていくのです。
【階段】…建築には用(機能性)と美の両方が必要です。用と美を表現する最も代表的なもののひとつに階段があります。上り下りする時のあの小気味よいリズムは、時には精神を高揚させてくれます。階段は段ごとの高さの変化によるコミュニケーションの違いも生み出します。しかし、現代の一般的な住まいづくりでは、機能性のみの階段が多いように感じます。とても残念なことです。階段は家の中でモノが溢れない唯一の場所なのです。家族同士が程よい感覚ですれ違います。その空気感あるいはスケール感が何気ない安心感をつくり出すこともあります。そういった細やかなつみ重ねも、共感力を育んでいくのです。
※エアロック…気圧の異なる場所を人や物が移動するときに、隣り合う室内の圧力差を調節する機能をもった出入口として使用する通路あるいは小部屋です。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。