家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
日本建築の良さを現代の住まいに活かす
閉じるデザインと開くデザイン
日本は四季の変化に富んだ国です。冬は、比較的温暖で乾燥します。夏は太平洋高気圧におおわれ高温多湿になります。春・秋は比較的過ごしやすい気候になります。このような季節の移ろいは、私たちの生活様式や住居はもとより、思考などにも強い影響を与えています。
蒸し暑さに対処するなら、風通しの良い開放空間が良いけれど、冬の寒さをしのぐには閉鎖的な空間のほうが良い。開放と閉鎖の両極端な考え方が、四季の動きの狭間で衝突してしまうのです。こういった大きな気候の変動が、日本に二つの住居の源流を生み出したのかもしれません。竪穴住居と高床住居がそうです。閉鎖的な竪穴住居と、開放的な高床住居。でも、どちらかひとつでは一年中快適というわけにはいきません。これは困った、ということで、これら両者の融合が始まったのです。
今でもプランを打ち合せする際、夏に間取りを考える人は通風のことをしきりに気にし、冬に打ち合せすると、暖房の事が関心にあがります。こんな課題も、四季のある国ならではのことです。
夏の通風、冬の日差し、トイレ・浴室内の寒暖の差、四季の収納法などをふまえ、夏冬いずれものバランスを考えたプランにしなければ、一年を通して快適な住まいにはなりません。
外と内の間に
日本の家づくりの大きな特徴に、外部と内部の境界空間へのこだわりがあります。昔は縁側や土間、今ではデッキとかインナーテラスになっていますが、それらは家の内部と外部の間にある境界空間です。日本家屋に特徴的な縁側は、世界的にも例を見ない独創的な空間と言えるかも知れません。西洋のテラスなどは外を楽しむために設定されますが、縁側は外でなく内でもなく、とてもあいまいな、目的があって無いような不思議な存在です。
ところが、そこは庭を眺めつつ会話やお茶を楽しんだり、夏ならば夕風で涼んだり、秋ならば名月を眺めたりと、多目的多用途に使われる、実に機能的な空間でもあります。どうしてこんな不思議な境界空間が生まれたのでしょうか。
西洋式の組積造の構造では、内外の境界には厚い壁があります。その壁は構造としての役割がありますので、あまり大きな窓を設けることはできません。しかし、木造建築の場合は、柱と梁で全体の重さを支えるので、内外を隔てる壁を無くすことも可能になります。内と外の空間を仕切るのは、間の戸、つまり間戸(マド)です。したがって西洋の窓と日本の窓とでは役割も考え方も全然違うのです。日本の間戸は、一部を解放することで限られた空間に広がりを持たせ、機能を限定しない多用途な空間を生み出したのです。
よく日本人はあいまいだとネガティブに言われますが、あいまいさを良しとする感性が境界空間という発明を生み出したわけですから、誇っていいものではないでしょうか。
そういう発想は屋内にも活かされ、間と間を繋ぐ間仕切りが生まれ、間を開閉するふすまや障子に繋がっていったのです。間と間を繋ぎ合わせていく空間は、ダイナミックな演出が可能で、空間に段階的なモチベーションが生み出されるのです。現代住宅の開口部(室内)はほとんどが扉です。しかし最近は引戸が多く使われるようになりました。バリアフリーへの配慮もありますが、日本的な引戸の良さが理解されてきたからです。
間仕切りとしつらい
間仕切りという言葉の「間(ま)」とは、柱と柱のあいだのことを指します。
柱とその上に組まれている屋根の下には、空間が存在する。その空間を「仕切り」といいます。仕切りは西洋建築とは異なり、先に屋根をあげるという木造建築の特徴から生じる概念です。西洋建築は、木造建築とは全く逆で、まず各室の壁を造り最後に屋根をあげます。このため仕切りという空間概念は存在しないのです。
「間仕切り」という言葉は、実に日本建築の空間的特性そのものを表わしているのです。まさに日本の気候、風土から生まれた言葉だといえます。
木造建築特有の自由で開放的な空間構成にリズムを与えてきたのが、柱の寸法や間隔です。そしてこれらが空間の基準点となり、室内に動かすことのできる間仕切りや仮設的な備品などの室礼(しつらい)が採り入れられるようになりました。自然の要素をたくさん採り入れ、開放的である日本建築は室礼をすることで季節や状況の変化に対応してきたのです。
ゴザや畳、衝立、屏風、収納台等がその実例だといえます。私たちの日常生活を振り返ってみれば、現代でも間仕切りや室礼の伝統が受け継がれていることに気がつくものです。
日本建築は自然からの影響はもちろん、自然の微妙な変化をいかに室内に採り込んでいくかということに主眼が置かれ、独自の発展を遂げてきました。自然を巧く無理なく生活の中に採り込んでそれを楽しもうとしていたのです。
あらためて自然と会話し、その会話から得られた事柄をデザインしていくことが、「季(とき)のデザイン」であり「永遠のデザイン」なのです。和の建築は長い歴史の中でそのようなデザインを培ってきたのですが、近年の工業化、規格化、効率化というような潮流にさらされ、忘れ去られつつあるのは本当にもったいないことです。
かつてあった地窓、床ノ間、雪見障子、欄間など、現代住宅の中に今すぐにでも採り入れられるものばかりです。
ぜひ採り入れて暮らしに潤いを与えてみてはいかがですか。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。