家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
「本物」の住宅を目指す
これまでとこれから
コロナ禍によって私達の生活は大きく変わりました。同時に住まいのあり方にも変化が現れています。今後、どうすればよいのかはまだまだはっきりと見えてこない状況です。そうであれば、これまでの住まいづくりを考えることで、これからの方向性や道標が見えてくるのではないだろうかと考えられます。
現代社会が取り巻く状況を鑑みれば、少なくとも「本物」の住宅づくりを目指すことです。それでは「本物」の住宅とは一体どういうことでしょうか。
「本物」と「偽物」
どんな住まいにも「偽物」はないと思います。わかりやすく解釈するために「本物」と「偽物」という区分で考えてみます。「本物」と「偽物」のその定義と訊かれれば、私は長い間、風雨に耐えることができるものが「本物」、耐えられないものが「偽物」と答えるでしょう。長い間、風雨に耐えることができるものは、自然のしくみと上手に調和しているからです。だからこそ長い時間を生きられるのです。それでは、住まいづくりにおいて自然のしくみと調和するにはどのように考えればいいのでしょうか。
自然と人間の循環で考えてみる
2021年はウッドショックの影響で北米から木材が入らず、建設業界は混乱に見舞われました。その影響で国産材のあり方に対しても問題を投げ掛けられました。
これまで、国産材は外国産材と比較して価格が高いということで、外国産材を大量に輸入していました。いまでこそ木材の自給率は38%前後ですが、10年ほど前はわずか20%程度でした。日本の森林率は67%で世界第2位なのですが、それにも関わらずウッドショックのあおりを受けざるを得ないのは、高度経済成長期に確立された外国産材に頼るという流通ルートが確立されていたこと、そして日本の林業界の高齢化と人手不足が原因なのです。持続可能な循環型社会を目指すのであれば、少なくとも構造躯体は国産材を積極的に使用していきたいところです。国内で植林から製材をして、木材として使えるようになるまで50~60年は掛かると言われます。その年数は、木造住宅のおおよその寿命と一致します。つまり、国産材を使って木造建築をつくっていくことが、森や人を育てていくことに繋がっているのです。この循環を再構築していくことがとても大切なのです。
自然に生かされて
住まいに使われる床材や壁材さらには天井材には、できる限り自然素材を使うことです。「自然素材を使いたいけど、コストが高くなり使い切れない」という人もいるかも知れません。そこは工夫次第です。例えば赤松や杉などの針葉樹を使えば、それほど価格は高くありません。ブナやナラなどの広葉樹と比較すると、柔らかいので傷が付きやすいですが、その分板の厚さを12mm(一般の床材の厚さ)の倍で24mmにするといいでしょう。針葉樹なので温かくも感じられますし、万一傷がついたらサンドペーパーなどで修復することも可能です。
また、壁材の本漆喰もおすすめです。近年見掛ける「漆喰風」とは違うので、注意して下さい。さらには珪藻土や土壁などもおすすめです。
自然を読みとって活かす
・色のこと
植物の葉の彩度は3.5~6.5の範囲にあります。この範囲内にある中間色(やや濁りのある色)の仕上げ材や家具を選んでいれば、全体に落ち着いた空間になります。色選びのポイントは植物の葉が教えてくれるのです。
・あかり(照明)のこと
室内の居心地の良さをつくるには素材はもちろん、あかり(照明)も大切で、そのあかりは太陽の光が教えてくれます。太陽の光には「色温度」があり、「ケルビン(K)」という単位で表されます。例えば、太陽の色温度は日中だと5200K、太陽が沈む時は3000Kです。したがって、この沈む時の色に近い温かみのある電球色を選ぶと、室内はくつろいだ安らぎの空間をつくることができるのです。電球には必ず「ケルビン(K)」という単位が表示されているので、この「3000」という数字を覚えておいて下さい。
・反射のこと
日本人の肌反射率は50%と言われています。ですので、使う素材の反射率もそれ以下のものを使うと良いのです。おそらく、身の安全を守るという本能的な安らぎや落ち着きを得ることが出来るからでしょう。例えば和室が落ち着く理由として、畳・障子・塗り壁・杉板といった材料は、すべて反射率50%以下のものだからです。対象的に美容室の空間をイメージしてみて下さい。人造石・ステンレス・ガラス・洗面陶器・メラミン化粧材など、反射率の高い材料が使われていることが多いです。シャープで都市的な空間がつくれるからです。「ハレの舞台」をつくる場なので敢えてそうしているのですが、長時間いると疲れてきます。無機質で人工的につくられた材料は一般に反射率が高いのですが、自然によって生み出された材料の反射率は20~30%が多いのです。
修繕が利く
江戸時代は資源が乏しかったので、修繕の商売が盛んだったと言われています。しかし現代社会の住宅寿命は平均26年といわれ、大量消費の時代となりました。これからの時代は出来る限り長寿命な家づくりを心がけ、修繕が利く住まいづくりを目指すことです。結果的にそれが「本物」の住宅になっていくことにも繋がっていくのです。
現代の木造住宅は、木材を予め工場で切断し、接合部を加工して現場で組み立てる方法(プレカット工法)で軸組をつくります。しかし、数十年前までは大工が墨付をして手で木材を刻んでいました。この方法がいいのは新築時より増改築の時が本領を発揮するのです。柱や梁の追加、あるいは取替など、とても対応がしやすいのです。
アドバイス
手刻みや自然との関わり方などやや懐古的な文章となっていますが、決して「昔の住まいづくりはよかった」と言っているのではありません。イニシャルコストばかりに気をとられ、表面的な住まいづくりではライフサイクルに対応できず、結局「高いだけの買い物」になってしまうこともあるのです。
「本物」の住宅に対する考え方はそれぞれに違うかもしれません。しかし、納得して満足な住まいに住みたい気持ちは誰もが望むところです。ぜひ自分が望む「本物」の住宅づくりを成功させて下さい。成功させるためにはノウハウや考え方も大切ですが、人との出会いもとても重要です。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。