家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
住みたい家のイメージは「壁と気配」を考えること
はじめに壁と気配を考えてみる
住まいづくりを考える時、何か参考にと建築雑誌や間取りに関する記事をみると必ずと言っていいほど「どんな家に住みたいのかイメージしてみよう」という文言が書かれています。とはいえ、実際はそう簡単なことではないでしょう。展示場や外観写真を見て、こういうのが好きとか嫌いとかは、自分のこれまでの経験値で判断はできるでしょう。ただ、外観のイメージは後でも変えることはできます。
それよりもまず間取りです。間取りは人の動きを制限していくものです。壁を立てて行動を導いていきます。そしてその行動の中に「安心や不安」、「効率や非効率」などが生まれます。少しアバウトですが、これらを大きく「気配」と捉えて壁と気配について考えてみるのはいかがでしょうか。「住みたい家のイメージ」はその後に考えても遅くはありません。
壁について
日本の家とヨーロッパの家の作り方で大きな違いを一言で言うなら「屋根が早くできるか、遅くできるか」にあります。日本の家は柱を立てるとすぐに屋根工事に取り掛かり、次に壁工事です。一方のヨーロッパは、レンガを積んで壁工事が済んでから屋根工事に取り掛かります。
日本の家の壁は構造的にそれほど重要ではなく、ヨーロッパなどのレンガ壁に比べると簡易的な間仕切り壁です。したがってヨーロッパに見られるような室内の壁に飾るインテリアへの意識は生まれなかったのです。
今日、日本の住まいは壁に対する意識が大きく変わりました。地震対策としての「耐力壁」。そして生活が豊かになって物の収納に困り、壁面を収納として使う壁面収納の利用です。しかしながら、日本人の壁に対する考え方はまだまだ「物理的な要因でできた」壁でしかないのです。+αの要素として、「心理的に心を誘導する」壁をつくることで空間はとても豊かになります。壁には心理的な拠り所としての壁、語りかけられる壁など無限の言葉を持つ壁があるのです。
壁に何らかの意味を持たせることで、空間に存在感が出てくるのです。人間の行動や視線を遮る壁ではありますが、多くの言葉をつくり出す壁でもあるのです。それらを意識しながら間取りを考えてみて下さい。
気配とは
間取りを考える際、コロナ禍前でも「家族の気配を感じるプランニング」といった言葉が多く使われていました。最近はコロナ禍で「おうち時間」という考え方も広まりつつあります。日常生活を楽しむゆとりや家族との団らん、無理のない働き方など、人生や心の内側に目を向け、身近にある大切なものを再発見する機会になった家族も多くいます。一方で、同じ空間に長時間過ごすことでストレスを抱える人も多くいるはずです。あらためて、間取りを考える際の重要なキーワード「気配」を考えてみましょう。
そもそも「気配」とは何でしょうか?それは見えないのに何かが近くにいる気がし、恐怖を与えたり、逆に安心感につながるといった役割が「気配」にはあります。住まいにおいての安心感は空間のスケール感はもちろん、インテリアを構成する素材や色、明かり、音、におい、そして空気の流れによって生まれます。住まいの中では、これらの要素をどう組みわせて表現していけばよいのかがとても重要になります。
住まいは直接対面するのではなく、やや斜めに見せたり、高低差を出したり、半透明の素材から人影がぼんやり見えるようにしたりと様々な工夫をすることで気配を感じさせる空間をつくることができます。間取りを考える際、ぜひ気配を意識して図面をチェックしてみて下さい。
チェッカーガラスを採用した可動式間仕切り。廊下から空間がぼんやりと見え、気配を感じさせてくれる。
壁と気配を意識したあとにゾーニング計画を考えてみる
壁と気配についての意味や役割を考え、一度自分なりに整理した後にゾーニング計画をしてみて下さい。ゾーニング計画とは、必要な部屋の種類と、その広さや他の部屋とのつながりを考えて区分していくことです。道路から玄関の位置、そして敷地で一番日当たりのいい部分にリビングやダイニングなどのパブリックスペースを配置するのです。そして階段の位置も重要なポイントです。これらのゾーンを分けることで、そこにはぼんやりとした壁が生まれたり、ゾーンとゾーンの重なりに気配が生まれたりします。決め方は「何となく」でいいのです。そこまで出来たら後は設計者に委ねるのです。細かい注文を出すのは間取りが決まってからです。
お互いの役割を認識することで、設計者もきっと気合いを入れて考えてくれるはずです。提案された間取りを見るポイントも壁の持つ「言葉」、そして「気配」はどこで感じられるかです。空間の豊かさはそこにあるからです。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。