家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
温熱環境の良い家をつくる
住宅ストックの7割は基準以下の断熱
2014年厚生労働省の人口動態統計調査によると、12月~3月の死亡者数(全国)は4月~11月に比べて17.5%も増加しています。また寒冷地よりも温暖地の方が冬季の死亡増加率が大きく、その原因は断熱性能の高い住宅の普及が進んでいない為であると考えられています。冬季死亡増加率が最も低い県は(1位)北海道(2位)青森県(3位)沖縄県(4位)新潟県(5位)秋田県で、反対に高い県は(1位)栃木県(2位)茨城県(3位)山梨県(4位)愛媛県(5位)三重県です。北海道や青森県などはもともと寒い地域なので、断熱性能の高い家づくりが基本でした。一方、栃木県や茨城県などは真冬の最低気温でもマイナス3~4度程度でそれほど断熱に配慮せずとも生活ができ、断熱に対する関心が寒冷地に比べると薄いのかもしれません。もっとも、住宅ストックの約7割は、昭和55年に定められた省エネ基準以下の断熱性能となってしまうので無理もありません。ちなみにその基準は、外壁30mm、天井40mmのグラスウール断熱を入れることです。では、なぜあたたかい家をつくることが大切なのかを考えていきましょう。
温熱環境が良くない住まいは疾病を起こしやすい
断熱性能が低い住宅は、冬の夜12時には20℃だった室温が、明け方6時になると5℃前後になると言われます。そうなると起床時の血圧が高くなる傾向となり、高齢者になるほどその影響は大きくなります。
高血圧や糖尿病で通院している人のうち、足元となる床付近の温度が低い住宅に住んでいる人の割合が高い傾向にあります。さらに脱衣所や浴室での入浴事故リスクが高いのも皆さんよくご存知かと思われます。いわゆる「ヒートショック」です。冬に起こりやすく、寒暖差による体への負担が心筋梗塞や脳卒中を引き起こす現象です。「高齢者に起こるもの」というイメージを持っているかもしれませんが、実はどの年代でも起こりうるものです。
温熱環境が良い住まいをつくるには
◯室内の表面温度を室温に近づける
日本の住まいは、まだまだ断熱性能が良くない住宅が多いことがわかっています。これから新築住宅を建てる人は問題ないと思いますが、もし中古住宅を購入するのであれば、周辺環境や利便性だけでなく断熱性能などもチェックポイントの一つにしてはいかがでしょうか?
温熱環境の良い住まいづくりを実現するには床、壁、天井に高性能な断熱材を隙間なく入れることが基本です。ただここで注意しなければならないのが、いくら断熱性能を高めても、室内の表面温度を室温に近づけないと寒く感じてしまうことです。例えば冬に室温22℃にしても室内の表面温度を同程度にすることは難しく、特に断熱材を介さないガラス窓の表面温度は10℃以下になってしまう時もあります。その場合は断熱性能の高い窓の設置や既存の窓があればインナーサッシを追加、より安価な方法であれば断熱性能のあるカーテンを設置するなどの対策があります。
また、室内表面温度が低いとそこで冷やされた空気が床の方に流れて滞留し、室内の上下で温度差が生じることで足元が寒く感じてしまいます。解決方法としては床暖房を設置することや、吹抜けなどの高い天井の場合はシーリングファンを設置して空気の循環を良くする方法があります。
◯断熱の工法と窓まわり
・断熱の工法は大きく分けて2つ
住宅の断熱工法は大きく分けて2つあります。壁の内部に断熱材を充填する「充填断熱工法」と、躯体の外側に断熱材を設置する「外張り断熱工法」です。
充填断熱工法はデザインの制約が少なく、比較的安価に施工ができます。断熱性能を発揮するためには気流止めの設置や防湿層の連続性などに注意することです。
一方、外張り断熱工法は断熱材の施工が容易で、安定した性能が発揮できます。断熱材の外側に外装材を取り付けるために下地が必要となります。壁の内部が空洞になるので、配管や配線が容易になります。
〈断熱材の厚さ目安〉
・充填断熱
(寒冷地)
床・壁…135mm以上 天井…230mm以上 屋根…265mm以上
(温暖地)
床・壁…90mm以上 天井…160mm以上 屋根…185mm以上
・外張り断熱
(寒冷地)
外気に接する外周部…100mm以上 壁…85mm以上 屋根…160mm以上
(温暖地)
外気に接する外周部…50mm以上 壁…50mm以上 屋根…115mm以上
・窓まわり
断熱の基本は、家全体をすっぽり包み込むように断熱層を設けることで性能が発揮されます。そうなると壁の次に考慮することは窓です。
冬の暖房時に熱が逃げ出す割合が一番大きい箇所が窓で、冬は48%の熱が逃げ、夏は71%も熱が入ってくるのです。したがって、先述したとおり窓などの開口部には断熱性能の高いものを使用することです。コストは若干高いですが、樹脂サッシや木製サッシをおすすめします。
アドバイス
これからの住まいは、小さなエネルギーで大きな効率を得るといった考え方が求められてきます。省エネや節水型はもちろん、建物の外皮性能を向上させて、できる限りエコな建物をつくっていく事が重要なのです。
日本は2030年までに新築住宅の平均でネット・ゼロ・エネルギー・ハウス(ZEH)の実現を目指しています。これは我慢して達成するのではなく、生活の質を向上させながら、省エネルギーを一層推進するライフスタイルの普及が重要であるという方針です。良好な温熱環境の住まいで健康生活をつくり、人生100年時代を生きていきたいものですね。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。