家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
家づくりはマイナスのデザインで考えてみる
その設備-ランニングコストも考えていますか?
かつて設備機器の種類がそれほど多くなかった時代には、そのコストは総工事費の10%程度でした。ところが近年は、床暖房や浴室乾燥機、IHクッキングヒーター、食洗機、自動シャッター付き窓など様々な機器が採用され、設備機器の費用は総工事費の30%を超えることも珍しくありません。
家を持つことは長年の夢が叶ってうれしいことではありますが、そこで家づくりは終わっていないのです。設備機器は一度設置すればランニングコストがかかります。自分達の家族構成やライフスタイルをよく見極めないで、単に「憧れ」や「あれば便利」、「みんな付けている」といった感覚で設けてしまうと結局使わなかったりします。
又、使ってみたら予想以上にランニングコストが掛かってしまうケースも見られます。
仮に使わなかったとしても、新築時には分電盤のアンペア数を決めて電力会社に申請しますので、アンペア数が大きいほど基本料金が高く、使用料が増えるにつれ段階的に単価も高くなっていくのです。
設備機器メーカーは改良しながら便利で素敵な製品を販売しています。その際、選択する側は「欲しい設備機器」と「便利な設備機器」は違うということを心構えとして持っていることが大切なのです。
そうでなければ不必要な設備機器に費用がかかってしまい、最も大切な構造や基本性能といった部分に費用がかけられず、たとえば暑い家や寒い家になってしまうこともあります。
不要なものはいらない、つまりこれまでの家づくりはどちらかというと付加価値をつけながら快適性や利便を図ってきました。しかしながら現代はありとあらゆるものの種類が豊富にあります。その中から自分達家族に合ったものを選択していく、つまりマイナスの思考をしていくことが求められているのではないでしょうか。
マイナス思考とは?
最近は1階、2階共にトイレのある住まいが多いです。
当然2ヵ所あった方が便利で、特に朝は使う人が重なることもあるでしょう。しかしその状態は一体何年続くのでしょうか?
1、2階に設けるということはコストもかかります。間取りによっては1階ダイニングの真上がトイレという間取りも見受けられ、排水の音が気になってしまうこともあります。
もし1階のみのトイレであれば、いちいち2階から降りてこなくてはならないので使い勝手は当然悪くなるでしょう。
最近の間取りの傾向は、細かく部屋を区切らず、ややオープン形式の空間づくりが多く見受けられます。これは多少プライバシーを我慢しながらも、家族がゆるやかにつながることを意識しているのです。
これまであまりにも便利、機能性を追い求めて個室の充実を図ってきました。結局それは社会の変化と共に家族関係を希薄にさせてしまったのです。
最近住宅雑誌で良く使われる「気配を感じる空間づくり」という言葉があります。こういったテーマが取り上げられるのも家族のコミュニケーションが希薄になっている理由からなのでしょう。
つまり多少不便にすること(マイナス)で会話やふれ合い、そして気配などが生まれるということです。
間取りもマイナスで考えてみると?
たとえば浴室は近くの健康ランドに、トイレは近所の公園のトイレを使う、睡眠はビジネスホテルあるいはマンガ喫茶、食事はファミリーレストランやコンビニのものを食べるとします。そう引き算(マイナス)していくと、「あれ?家の中はカラッポ」になり住まいの役割は何もなくなってしまうのです。
ですが残るものはあります。それは「家族の団らん」です。
家族の団らんは家族が見慣れた風景の中から生まれてきます。それは室内にあるインテリア小物で、これら1つ1つはそこに住む人のフィルターを通して出来た風景なので、とても落ち着き安心感があるのです。仮にホテルで同じように家族で食事をしても落ち着かないのは、見慣れた風景ではないので非日常になってしまうからなのでしょう。
家づくりには新しい付加価値をつけることも大切ですが、もし設備機器を設置するかどうか迷った時には、思い切ってマイナスの考え方をすることで自分達家族の軸のようなものが見えて来るはずです。
そしてやはり家づくりは団らんを中心として、次に設備機器などはどのように考えていくべきかを検討していくことが大切なのです。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。