家づくりの「心」を「かたち」に、具体例を交え心の家づくりを解説した一級建築士のアドバイスです。
住みたい家は雑談から生まれる
好きを形にする
設計者は建主に「どんな家に住みたいですか?」と訊いても、建主はすぐに答えるのは難しいものがあります。なぜなら、「日当たりが良く、収納も大容量で、家事がラクな間取りを希望します」と言っても、それは「あたりまえな話」になってしまうからです。
設計者としてはそんな「あたりまえな話」をするより、もう少し雑談をするべきなのです。雑談の中から建主の生き方や大切にしていること、趣味の話が生まれてきて、それが間取りを考えるうえで、とても重要になるのです。
今回はそうした雑談から、趣味を活かしたり、家族を大切にしていたりと建主のこだわりや好きを形にした間取りを紹介します。
こだわりや好きを形にした間取り実例
次の5つの実例を紹介します。
(1)…趣味を生かした間取り…2例
(2)…ペットと暮らす間取り…1例
(3)…階段を生かした間取り…2例
(1)…趣味を生かした間取り その①
夫婦2人と子供1人の家族です。3人とも音楽を愛し、家族で演奏はもちろん、音楽家を呼んでミニコンサートを開催したいという希望がありました。そこで1階のリビング・ダイニング(以下LD)は「音楽ホール」にもなるよう、約27畳のスペースを確保。天井の高さも最低3m、最高5mに設定し、反響や吸音を考慮した仕上げ材を選定したことで、音響にも良い効果が得られました。
「音楽ホールを兼ねたLDをつくる」という意識が一般的なLD空間よりも、開放的で魅力的な空間が出来ました。
(1)…趣味を生かした間取り その②
雑談の中で、ご主人は料理をつくることが好きで、奥様は手芸が趣味であることがわかりました。また、ご夫婦は地域の方を自宅に招いて交流もされていました。設計当初はキッチンやダイニングを広めにと考えていましたが、生活スタイルの変化やプライバシーも考慮し、玄関から入って左右に自宅スペースと、来客用のアトリエスペースを配置したプランを提案しました。地域の人も気軽に出入りができると考えたのです。
空間の豊かさはプライベートスペースの充実も大切ですが、地域の人達との繋がりを生み出すスペースも、もう一つの豊かさかと思います。まさに地域に開かれた家づくりです。
(2)…ペットと暮らす間取り
70代の両親と40代の娘さんが暮らす家です。
都内ということもあり、敷地は22坪と狭いです。さらに北側道路で、道路以外の三方は全て建物に囲まれ、採光の確保が難しい敷地条件でした。
建主は動物が好きで共に過ごしてきていたのもあり、少しでも自然を感じられるよう、1坪程度の中庭を配するプランを提案しました。竣工後は「人間だけでなく、ペットも外の風を受けられて気持ちよさそうに過ごしています。」と喜んでいただけました。
(3)…階段を活かした間取り その①
若い夫婦と小さい子ども2人の4人家族の家です。1階は日当たりがあまり良くないので、階段を中心に置き、2階をLDKにしました。家族4人がその階段を通して緩やかな気配を感じる間取りを提案しました。
話の中で、奥様が「子どもを見守りながら家事をしたい」という希望と「階段は遊具の様だと面白いですね」という言葉がヒントになりました。
屋根型を利用して天井を高くし、階段上部には天窓を設けて階段室が光のシャワーを浴びるような空間にしました。
竣工後に訪問させていただいた際、実際に暮らしてみて「イメージした空間以上のものが出来ました。」と言ってもらえました。全てヒントは雑談の中からです。
(3)…階段を活かした間取り その②
40代の夫婦と小学生の子どもが1人の3人家族です。住まいに対する希望はほとんどなく、むしろ私達が提案する間取りを期待している施主でした。
敷地の近くに神社があり、神社の参道との軸線を考え、その延長線上に階段をのせてみました。それが長い廊下と吹き抜けとなったのです。一見、無駄のようなスペースに見えますが、とても開放的で明るい空間となりました。吹き抜け部分が大きい分、床暖房や熱の循環などには十分配慮した設計を心がけました。
建主は理想の住まいをイメージすることも大切ですが、プロにお任せして提案を聞くというスタンスも大切です。はじめに基本の間取りを建主に説明した際、「こんなにも私達のことを考えてプランを作ってくれたのですか!」と感激してくれたことが印象的でした。
佐川からのアドバイス
住まいに関する雑誌やSNSなどの記事を読むと、必ずと言っていいほど「はじめに理想の家づくりをイメージしてみよう」といった文言があります。しかし多くの人にとっては「はじめての家づくり」ですから、難しいものがあります。
それなら、今住んでいる家の不満や、大切にしている趣味、これまでの人生観などを語ってもらう方が、建築家にとっては大いにヒントになるのです。
そんな雑談の中から、言葉を見い出し、形になる住まいだからこそ愛着も湧いてくるのです。
愛着が湧けば、家族が共に過ごした時間の蓄積ができ、その空間はやがて思い出とともに経年美をつくってくれるでしょう。
佐川 旭Akira Sagawa一級建築士
株式会社 佐川旭建築研究所 http://www.ie-o-tateru.com/
「時がつくるデザイン」を基本に据え、「つたえる」「つなぐ」をテーマに個人住宅や公共建築等の設計を手がける。また、講演や執筆などでも活躍中。著書に『間取りの教科書』(PHP研究所)他。