不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
消防法違反の建物のトラブル
【Q】
私は、売主Aから土地及び一棟の建物(築28年)を購入しました。本件土地・建物の引渡しを受けた後、過去の消防用設備等点検において、本件建物に設置された避難器具(ハッチ及び避難はしご)や消火器について、消防法17条1項違反の指摘を受けていながら、これらの不備を是正していない事実が発覚しました。私は、消防法上の不備を是正するため、総額200万円以上の費用をかけて、避難器具等の交換を行いました。
本件売買契約締結の際、売主Aから、本件建物が消防法に違反した状態であるとの説明は一切ありませんでした。また、本件売買契約では、建物の契約不適合責任について、雨漏り、シロアリ、主要構造部分、給排水管の故障に限り、引渡しから3カ月以内に限り、責任を負う旨の免責条項の定めがあり、消防用設備に関する責任は含まれていません。
売主Aに対して、避難器具等の交換費用の負担を求めましたが、「本件建物は築28年であり、消防用設備の不備は経年劣化に過ぎない」として、応じてくれません。
私は、売主Aに対して、消防用設備の交換費用の賠償を求めることはできないのでしょうか。
【回答】
本件建物の消防用設備の不備は、本件建物の契約不適合に該当すると考えられます。
本件売買契約には契約不適合責任免責条項がありますが、売買契約締結時に売主Aが消防用設備の不備の事実を認識しながら告知しなかったという事情がある場合には、免責条項は適用されません。その場合には、あなたは、売主Aに対して、契約不適合責任に基づき、消防用設備の交換費用の損害賠償請求ができる可能性があります。
1 消防用設備の不備と契約不適合責任(旧法の瑕疵担保責任)
(1)消防用設備の設置・維持義務
消防法は、防火対象物の関係者(所有者・管理者・占有者)に対して、政令で定める消防用設備等の設置・維持義務、また、消防用設備等の定期点検義務・点検結果報告義務を規定しています(消防法17条1項、17条の3)。建物が消防用設備の不備等により消防法違反の状態にある場合には、消防長は立ち入り検査や是正命令等を行うことができ、命令に従わない場合には、罰則や公表処分となる場合もあります。
この様に、建物所有者は消防法に基づき消防用設備を適法に設置・維持する義務を負っており、建物の売買契約では、特段の合意がない限り、目的物である建物は、消防法令等を満たした適法な建物であることが前提として取引されます。したがって、売買した建物に、消防用設備の不備による消防法違反がある場合は、売買契約上の不適合(瑕疵)に該当し、売主は契約不適合責任(旧法の瑕疵担保責任)に基づく責任を負うと考えられます。
(2)裁判例
消防法違反の建物の売買に関する裁判例(東京地方裁判所・令和3年4月13日判決)では、本件設例と同様、土地及び建物(築28年)の売買契約締結・土地建物の引渡しを受けた後、過去の消防用設備等点検において、避難器具(ハッチ及び避難はしご)について錆・腐食のため使用時に脱落の危険があり改修を要する旨、また、消火器について製造年より10年以上経過のため交換が望ましい旨等の指摘を受けていながら、是正していなかった事実が発覚しました。
買主は、消防法違反状態を是正するため、総額200万円以上の費用をかけて避難器具の交換等を行ったため、消防用設備の不備は瑕疵担保責任上の「瑕疵」に当たるとして、売主に対して、瑕疵担保責任に基づき是正費用の損害賠償請求を行いました。
同裁判例では、売主(被告)は「消防用設備の不備は築28年の建物の経年劣化の域をでない」と争いましたが、裁判所は「通常、買主はたとえ設備が老朽化しているとしても、法令に適合した状態であることを期待して物件を購入することが通常である。そうすると、法令に適合しない状態は、通常有すべき品質・性能ということはできない」とし、「避難器具については、全部が錆及び腐食により使用時に脱落の危険が生じていることに照らすと、消防法17条1項所定の基準を満たさない消防用設備の不備であること」また「消火器については、交換を失念しており、消防法17条1項所定の基準を満たさない消防用設備の不備であること」から「これらの不備は、通常有すべき品質・性能を有していないことに他ならないから、「瑕疵」に当たるもの」と判断しました。
同裁判例においても、本件設例と同様の瑕疵担保責任免責条項は付されていましたが、売主は消防用設備定期点検の結果報告書の送付を受けており、消防用設備上の不備を認識していたと認定され、瑕疵担保責任免責条項は適用されないとして、売主の瑕疵担保責任(契約不適合責任)を認め、避難器具等の交換費用の賠償を命じました。
2 まとめ
中古建物の売買契約では、築年数に応じた経年劣化が生じていることを前提として、劣化状態を考慮した売買価格を決定し、また、契約不適合責任(瑕疵担保責任)の免責条項を定める場合があります。しかし、消防法に基づく消防用設備については、築年数に関わらず、消防法令の基準を満たした適法な状態にあることが求められます。前記の通り、消防法違反の状態が是正されない場合には、立ち入り検査や是正命令等、重い処分を受ける場合もあり、また、消防用設備の不備より火災が拡大した場合には、建物所有者の責任は重大です。売買契約締結前に消防用設備の定期点検結果の交付を受ける等、想定外の是正費用が生じないように注意する必要があります。