不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
地役権の設定登記なしに設置された上下水管に関するトラブル
事例
私は、住宅地の一角の土地を購入し、現在戸建住宅の建築工事中です。この土地を購入する際に、売主Aから、この土地は他の土地に囲まれ公道に通じない袋地となっているため、「隣地」の一部を通路として通行することができ、その通路の地中に上・下水道の導管が設置されていると説明がありました。
通路の通行と導管設置に関して、隣地所有者(当時の所有者Bさん)の了解を得ており、通路も舗装されていますが、契約書や登記等はありません。昨年、Bさんは「隣地」の周辺に長年居住しているCさんに売却しました。
今年に入り、Cさんから、この「隣地」上の建物の増改築工事をするため、通路及び埋設されている上・下水道の導管を撤去して欲しいと要求されました。私はCさんの要求に応じなければならないのでしょうか。
回答
売主Aと、当時の「隣地」所有者Bとの間で、「隣地」の通路の通行と導管の設置を目的とする「地役権」を設定したと考えられます。あなたは、本件土地の購入によって、本件土地の「所有権」と共にこの「地役権」も取得しますが、この「地役権」を第三者に対抗するためには、原則として「地役権」の対抗要件である「設定登記」が必要となります。しかし、「隣地」を取得した第三者であるCは、周辺に長年居住しており、この通路の通行や導管設置の事実を認識し、又は、認識可能な状態で「隣地」を購入したと考えられます。このような場合、Cは、「地役権登記」の欠缺を主張することができず、あなたは登記なしにCに対して「地役権」を主張することができます。
また、仮に「地役権」を対抗することができない場合にも、本件土地は袋地なので、下水道法11条や民法の相隣関係の規定に基づき「隣地」の通路の通行及び導管の設置が認められると考えられます。
したがって、あなたは、Cの要求に応じる必要はないでしょう。
解説
1.電気・ガス・上下水道管等の設置
私たちが快適に日々の生活を送るために、電気・ガス・上下水道は必要不可欠の存在となっていますが、これらの供給を受けるためには、事業者の管理する本管から個々の住宅の導管等を接続する必要があります。しかし、袋地など宅地の立地条件によっては、自己の所有地だけでは本管と接続することができず、隣地等に導管を敷設しなければならない場合(導管袋地)があります。
ガスや上下水道の事業者の多くは、このような導管袋地の所有者からの供給契約の申込の際には、隣地所有者との紛争を防止するため、導管を敷設する隣地所有者の承諾書を必要としています。隣地所有者との話し合いによって承諾が得られる場合には問題はありませんが、隣地所有者がこれを拒否している場合には、承諾を求めて紛争に発展します。
また、本件ケースのように、隣地に導管を設置後、隣地所有者が変更し、新たな隣地所有者が導管の撤去を求めるケースや導管の修理を拒否するケース等もあります。
このような導管袋地の所有者は、どのような場合に、隣地に導管を設置する権利が認められるのでしょうか。
2.隣地への導管設置権
(1)このような紛争に関する法律の規定には、他人の土地に排水設備の設置等を認める下水道法11条や高低差のある土地間の排水に関する民法220条、221条、袋地所有者に囲繞地の通行権を認める民法210条、211条などの相隣関係の規定はあるものの、電気・ガス・水道管の設置そのものに関する規定はありません。
しかし、前記のとおり、電気・ガス・水道等が我々の生活に必要不可欠の存在であり、隣地への導管設置を認める必要性が極めて高いことから、裁判実務の多くは、下水道法11条、民法210条・220条・221条等の相隣関係の規定を類推適用し、導管袋地の所有者に対し、隣地への導管の設置を認める判断をしています。もっとも、隣地に導管の設置を認める場合でも、その導管路は合理的で隣地にとって最も損害の少ない場所及び方法をとらなければならないと考えられており、導管設置による隣地に損害が生じた場合にはこれを賠償する必要があります。
(2)囲繞地通行権や通行地役権が認められる場合には、それらの権利の一部として導管の設置を認める場合があり、又、土地賃貸借契約の従たる内容として導管の設置や通路使用を認めるものなどがあります。
(3)本件設問のように、隣地への導管設置を目的とする「地役権」設定の合意が認められる場合もあります。
3.設定登記のない地役権の効力
本件設問では、売主Aと当時の「隣地」所有者Bとの間で、「隣地」通路の通行と導管の設置を目的とする「地役権」設定の合意があったものと考えられます。「地役権」は「要役地」の所有権とともに移転するため、本件土地(「要役地」)の購入によって、あなたは、本件土地(「要役地」)所有権とともに「隣地」(承役地)に関する「地役権」も取得します。なお、物権である「地役権」を第三者(「登記の欠缺を主張する正当の利益を有する者」)に対抗するためには、原則として「地役権」の「設定登記」を具備する必要があります。
しかし、隣地通路の通行及び導管設置を目的とする「地役権」は、本件設問のように、明示ないし黙示の合意によって設定されても、「設定登記」が具備されないままになっているケースも多く、このような場合に「隣地」(「承役地」)の譲受人との間で「設定登記」のない「地役権」の効力について争いになります。このような「設定登記」のない「通行地役権」の紛争に関し、判例(最高裁平成10年2月13日)では、「通行地役権の承役地が譲渡された場合において、譲渡時に承役地が要役地の所有者によって継続的に通路として使用されていることが、その位置、形状、構造等の物理的状況から客観的に明らかであり、かつ譲受人がそのことを認識していたか又は認識することが可能であったときは、譲受人は通行地役権が設置されていることを知らなかったとしても、特段の事情のない限り、地役権設定登記の欠缺を主張するについて正当な利益を有する第三者にあたらない」と判断し、一定の要件のもとにおいて、「承役地」の譲受人に対する「設定登記」のない「通行地役権」の主張を認めています。
この判例を前提とすると、本件設問では、本件土地(「要役地))は袋地であり、通路が整備されていること、またCは長年周辺に居住していること等の事情から、通路の通行の事実、上下水道管の本管の位置や導管設置の事実を認識し、又は認識し得た可能性が高いと考えられ、このような場合のCは、「地役権」登記の欠缺をあなたに主張することができません。
したがって、本件設問でこのような事情が認められる場合には、あなたは、登記なしに、Cに対して通路の通行及び導管設置を目的とする「地役権」を主張することができます。
仮に、「地役権」をCに主張できない場合にも、本件土地は「袋地」なので、「囲繞地通行権」及び下水道法11条や民法の相隣関係の規定の類推適用によって、「隣地」の通行及び導管の設置を行なう権利を主張することができると考えられます。
4.まとめ
電気・ガス・上下水道管等の設置を巡っては、導管設置の段階で隣地所有者の承諾をめぐり紛争に発展するケースや設置後に導管の修理や撤去に関しトラブルになるケースもあります。本件設問の場合のように、隣地所有者の変更等が生じた場合のトラブルを防止するためにも、設置の段階で明確な合意や登記を設定することが望ましいでしょう。