不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
旧耐震の中古ビルに関するトラブル
【Q】
私は、数年前に築40年以上の旧耐震基準の中古のテナントビルを安く購入しました。
近年、ビルの老朽化が顕著となっているため、耐震補強や売却について検討しています。
(1)本件ビルは旧耐震基準に基づき建築されたビルですが、今後、大規模地震によってビルが倒壊し、本件ビル内のテナント利用客(第三者)にケガ等の被害を生じさせた場合、私は、利用客(第三者)に対して責任を負うでしょうか。
また、この場合、私は、ビルのテナント(賃借人)に対しても何らかの責任を負うでしょうか。
(2)本件ビルを売却した場合、売却後に発生した地震により、本件ビルが倒壊した場合、私は倒壊による被害について責任を問われることがあるでしょうか。
【回答】
(1)本件ビルの設置又は保存に「瑕疵」が認められ、当該「瑕疵」と地震の間に因果関係が存在する場合には、あなたは、工作物責任に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。
また、本件ビルの保守管理状況に問題がある場合には、あなたは、ビルの賃貸人として、テナント(賃借人)に対して、賃貸借契約上の安全配慮違反に基づく責任を負う可能性もあるでしょう。
(2)本件ビルの売却に際し、あなたが、買主に対して、本件ビルが旧耐震基準に基づく建物であること・劣化状況等について、適切に告知した上で売却した場合には、売却後に発生した地震によって、本件ビルに損壊が生じたとしても、あなたに契約不適合責任は生じないと考えられます。
【解説】
1 地震等による建物の損壊と工作物責任
(1)近年、大規模地震発生の可能性が言及されていますが、地震によって所有建物が倒壊し、第三者に被害を生じさせた場合、建物所有者は第三者に対してどのような責任を負うのでしょうか。地震を起因とした建物の倒壊には、想定を超える大地震による倒壊の場合と、ビルの設置又は保存の「瑕疵」による倒壊の場合、とに大きく分けて考えることができます。
想定を超える大地震による倒壊の場合には、不可抗力によるものとして、建物所有者は第三者に対して責任を負わないと考えられています。
(2)工作物責任
一方で、建物の設置又は保存の「瑕疵」を原因として、第三者に被害を与えた場合、建物の占有者又は所有者は工作物責任に基づく損害賠償責任を負います。この工作物責任では、建物を直接支配している占有者が一次的に賠償責任を負い、占有者が「損害の発生を防止するのに必要な注意をした」ときは、建物所有者が責任を負います。
テナントビルでは、ビルの直接の占有者であるテナント(賃借人)は、建物の耐震性についてまで維持管理すべき立場にないと考えられるため、多くの場合、テナント(賃借人)は「必要な注意をした」として工作物責任は免責され、建物所有者の工作物責任が問題となると考えられます。
工作物責任の要件である、設置又は保存の「瑕疵」とは、建物の建築自体に問題があり(設置)、又は、維持・管理が不十分である(保存)ことで、当該建物が「通常有すべき安全性を欠いている」状態をいうとされています。そして、建物の「通常有すべき安全性」の判断に際しては、当該建物が建築された当時の建築基準法に従った耐震性を有していることが一つの基準と考えられています。
したがって、新耐震基準以降に建築された建物の耐震性については、新耐震基準に従った耐震性を有していることが「通常有すべき安全性」となります。
一方で、新耐震基準以前に建築され、新耐震基準を満たしていない建物(既存不適格建築物)については、旧耐震基準に従った耐震性を有していることが「通常有すべき安全性」と現在は考えられています。
したがって、本件ビルが建築当時の旧耐震基準に従って適法に建築され、適切な維持管理が行われてきた場合には、地震による倒壊によって第三者に被害が生じても、設置又は保存の「瑕疵」が認められず、所有者であるあなたに工作物責任を負わないと考えられます。
(3)テナント(賃借人)への安全配慮義務
また、あなたはビルの賃貸人として、テナント(賃借人)に対して、賃貸借契約上の安全配慮義務を負っています。本件建物が旧耐震建物であることで、直ちに、耐震補強工事を行う義務まで生じるものではありませんが、本件ビルの劣化状況に応じた適切な保守・管理、耐震診断や診断結果に基づく注意喚起等を行う必要があります。本件ビルにおいて、これらの安全配慮義務の違反が認められる場合には、これに基づく損害について賠償責任を負う可能性があるでしょう。
2 耐震改修促進化法
もっとも、近年、発生が予測される大規模地震では、旧耐震基準の想定を超える規模の地震が予測されているため、旧耐震基準による建物の安全性が危惧されています。そのため、平成25年に施行された「建築物の耐震改修の促進に関する法律」では、不特定多数者が利用する大規模建物等について耐震診断及びその結果の公表が義務付けられています。同法は、既存不適格建物の所有者に耐震改修義務を課すものではありませんが、既存不適格建物の安全性については、これを適切に維持・管理すべき所有者に対して、今後より厳しい目が向けられると考えられます。
3 契約不適合責任
本件ビルの売却に際し、あなたが、買主に対して、本件ビルが旧耐震基準に基づく建物であること・劣化状況等について、適切に告知した上で売却した場合には、売却後に発生した地震によって、本件ビルに損壊が生じたとしても、あなたに契約不適合責任は生じないと考えられます。
一方で、本件ビルが、旧耐震基準のもとで違法な手抜き工事や違法な増築が行われ、これらが売買契約の際に明らかにされていなかった場合には、違法な工事等と因果関係のある損害について、契約不適合責任に基づく損害賠償責任を負う可能性があるでしょう。
4 まとめ
大規模地震の発生が予測される中で、旧耐震基準の建物の安全性の確保が喫緊の課題となっています。旧耐震基準の建物の所有者は、適切な維持・管理を行い建物の安全性確保に努める必要があります。また、旧耐震基準の建物の売却に際しては、劣化状況等について、明確に告知することがトラブル防止の観点から大切になります。