不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
街並み・景観保護を巡るトラブル
Q
私は、数年前にある住宅街の土地を購入し、2階建ての戸建て住宅を建築して生活しています。この地域は、3階程度の低層住居が立ち並び、整然と落ち着いた雰囲気の閑静な住宅街で、また、住宅街の主要な通りには銀杏並木が美しく立ち並び、この街並みの雰囲気や景観は、今やマスコミでも評判となっています。私もこの街並みの雰囲気や景観を気に入って現在の土地を購入し、住居を建築したのです。
ところが、最近になって、この住宅街の一区画に、開発業者が10階建てのマンションを建設する建築計画があるとの噂を聞きました。
私を含めた近隣住民の多くは、この街並みの雰囲気や銀杏並木の景観が損なわれることを避けたいと願っています。この住宅街の一画に10階建てのマンション建設を阻止することはできないのでしょうか。
又、今後、この住宅街の閑静な雰囲気や良好な景観を守るためには、どのような対応策が考えられるのでしょうか?
A
この住宅街の区域に10階建てのマンション建設を規制する法令等が存在する場合には、マンション建設を阻止できる場合がありますが、そのような法令等の規制が存在しない場合には、10階建てマンションが適法に建設される限り、マンション建設自体を阻止することは難しいでしょう。
マンション建設自体を阻止できない場合には、住民説明会などで、開発業者とよく話し合い、できるだけ、皆さんの要望を踏まえた建設計画に変更をしてもらうことが方策の一つでしょう。
また、マンション建設計画が未だ噂にすぎないのであれば、建設計画が具体的に進展する前に、マンションの高さを規制する条例や建築協定、景観協定等を制定することで、マンション建設と街並みの景観保護との調和を図ることが可能となるでしょう。
解説
1.景観利益
美しい街並みや良好な景観に価値を見出し、これを保護しようとする動きは年々高まりを見せています。これまでにも、本件のように美しい街並みや良好な景観の広がる地域における高層マンション等の開発計画に対し、その地域の街並みや景観の保護を訴える当該地域の住民が、高層マンション建設の差し止めや建物の一部撤去を求める訴訟を提起してきました。これらの訴訟では、地域住民が良好な景観を享受する利益を、「景観権」として、法律上の利益・権利と認めることができるか、また、どのような場合に高層マンション建設を違法な侵害行為と評価し、その建設の差し止めや建物の一部撤去を認めるべきかが争点となってきました。
これらの裁判上の判断では、地域住民が良好な景観を享受する利益について、「良好な景観に近接する地域内に居住する者が有する景観の恩恵を享受する利益は、法律上保護に値する」と一定の法律上の利益の存在を認める一方で、「私法上の権利といい得るような明確な実体を有するものとは認められず、景観利益を超えて「景観権」という権利性を認めることはできない」とし、私法上の権利性について否定しています。
また、第三者によるマンションの建設が景観利益の違法な侵害となるには「その侵害行為が刑罰法規や行政法規の規制に違反するものであったり、公序良俗違反や権利の濫用に該当するなど、侵害行為の態様や程度の面において社会的に認容された行為としての相当性を欠くことが求められる」と判断しています(最高裁平成18年3月30日第一小法定判決)。
このように現在の裁判実務では、近隣住民が有する景観の恩恵を享受する利益を法律上保護に値する利益と認めていますが、一方で、マンション建設自体をその利益の違法な侵害行為とするには、マンション建設が刑罰法規や行政法規の規制に違反するような社会的相当性を欠くような場合に限定すべきであるとしています。
街並みや景観が法的保護に値する価値を有するとしても、マンション建設の規制自体が、開発業者の財産権の行使に大きな制限を課すものである以上、マンション建設を違法として差し止め等の多大な効果を認めるためには、行政法規違反等の明確な違法性の存在を要求することも、やむを得ないことなのかもしれません。
したがって、本件の場合、当該区域に10階建てのマンションの建設を規制する法令等が存在しない場合には、景観利益を侵害するとして建設の差し止め等を求めることは難しいでしょう。
2.建築協定・景観協定
建設計画が未だ噂にすぎず、建設計画が具体的に進んでいない場合には、当該区域におけるマンションの高さを規制する条例や建築協定等を定めることで、一定の高さ以上のマンション建設を阻止し、街並みや景観を保護することができるものと思われます。
ところで、建築物の敷地、構造、設備及び用途に関する一般的な規制を定めた法律に建築基準法があります。建築基準法は、国民の生命・健康・財産を保護するための最低の基準を定めたものであるため、本件のような街並みや景観を保護するための細やかな規制の手法としては十分とは言えません。
より詳細で、より高度な基準を設ける手法としては、行政が主体となって制定する条例、当該区域の住民が主導となって制定する建築基準法上の建築協定や景観法上の景観協定等があります。
建築協定は、一定区域内の所有者及び借地権者の全員の合意によって、当該区域内における建築物の敷地、位置、構造、用途、形態、意匠又は建築設備に関する基準について定めることができます。
景観法上の景観協定も同様に、一定区域内の所有者及び借地権者の全員の合意によって、建築物だけでなく、工作物や広告物の表示等に対する規制についても設けることができます。
建築協定を締結するための手続きとしては、条例によって建築協定を締結することができるとされた区域において、当該区域内の所有者及び借地権者の全員の合意によって、建築物に関する基準、協定の有効期間、協定違反があった場合の措置を定めた建築協定書を作成し、代表者によってこれを特定行政庁に提出しその認可を受ける必要があります。
認可を受けると、認可の公告があった日以降に当該区域内の所有者・借地権者になった者に対しても協定の効力が及び、協定に違反する建設行為の中止を求めることができます。たとえ、建築協定の内容を知らずに区域内の所有者となった者に対しても協定の効力を主張することができます。景観協定についても、建築協定と概ね同様の手続きをとることで、第三者に対する効力を有します。
したがって、本件においても、マンション建設が未だ噂や計画段階にすぎない場合には、マンションの高さ等を規制する建築協定等を制定することで、街並みや景観の保護を図ることが可能となります。
まとめ
街並みや景観に対する市民の関心は年々高まり、街づくりや景観保護の活動も盛んになっています。一方で、適法である限り、建築物を建設する権利も財産権の行使として当然認められるものです。両者の調和を図るため、現在の裁判実務では、景観利益に一定の法的価値を認めつつも、マンション建設が法令違反等の社会的相当性を欠く場合に限り、建設差し止め等を認めています。
このような現状を踏まえると、普段より、住民が街並みや景観保護について高い関心を持ち、あらかじめ条例や建築協定等による規制を設けておくことが有効といえます。