不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
浸水被害に伴うトラブル
【Q】
私は、仲介業者Aの紹介で、売主Bの所有する土地(本件土地)を新居の敷地とし購入することを検討しています。本件土地の傍には大きな河川があるため景観がとても良いのですが、近年、台風や集中豪雨による水害が頻発しているため、本件土地も河川が氾濫し浸水しないか心配です。
(1)本件土地の浸水リスクを事前に知ることはできるでしょうか。
(2)本件土地の購入後に、集中豪雨によって本件土地に浸水被害が発生した場合に、生じた損害の賠償を売主Bや仲介業者Aに請求することはできるでしょうか。
【回答】
(1) あなたは、各自治体が作成している水害ハザードマップを確認することで、本件土地が河川の氾濫による浸水想定区域内にあるのか否か、また、その浸水深等を知ることができます。また、令和2年8月28日以降の売買契約であれば、あなたは、本件土地の売買契約締結前の重要事項説明において、仲介業者Aから水害ハザードマップにおける本件土地所在地の説明を受け、本件土地の一定の水害リスクを知った上で売買契約を締結することができます(改正宅建業法施行規則)。
(2) 仮に、売買契約後に、本件土地に記録的な豪雨により浸水被害が生じた場合、あなたが、本件土地が河川の氾濫による浸水想定区域内にあるのか、また、浸水深等の説明を受けて売買契約を行った場合には、売主Bや仲介業者Aに対し損害賠償請求をすることは難しいと考えられます。
【解説】
1.水害ハザードマップに関する説明義務
(1) 近年、記録的豪雨による甚大な水災害が各地で頻発しているため、不動産取引においても、不動産の水害リスクに関する情報に関心が高まっています。このような事態を受け、国土交通省は、宅地建物取引業法施行規則を改正し、宅地建物取引業者に対し、契約締結前に行う重要事項説明において、水害ハザードマップにおける対象物件の所在地を説明することを義務づけました。国土交通省のガイドラインでは、同説明義務の具体的内容として、①水防法に基づき作成された水害(洪水・雨水出水・高潮)ハザードマップを提示し、対象物件の概ねの位置を示すこと、②市町村が配布する印刷物又は市町村のホームページに掲載されているものであって、入手可能な最新のものを使うこと、③ハザードマップ上に記載された避難所について、併せてその位置を示すことが望ましいこと、④対象物件が浸水想定区域に該当しないことをもって、水害リスクがないと相手方が誤認することのないよう配慮すること、を宅建業者に対して求めています。
(2) 自治体が作成する水害ハザードマップでは、想定最大規模、計画規模の洪水・内水・高潮・津波による浸水想定区域や浸水深、浸水範囲、避難場所等を確認することができ、これまでも各自治体のホームページ等で閲覧することができましたが、水害リスクを事前に認識した上で不動産取引の意思決定を行うことを徹底するために宅建業者に対して前記の説明義務が課されることになりました。
このように売買契約前に一定の水害リスクの説明を行うことで、不動産購入後に想定外の浸水被害が生じたとのトラブルは起こりづらくなるとも考えられますが、水害ハザードマップに掲載された浸水想定区域等は、あくまでも当該マップ作成時の想定最大規模・計画規模に基づく想定区域や浸水深等であり、現実の被害と異なる可能性もあるため、その点の誤解がないよう注意する必要があります。
2.売主の契約不適合責任
では、集中豪雨によって本件土地に浸水被害が生じたことを理由として、売主Bや仲介業者Aに責任を追及することができるでしょうか。
売買の売主は、売買の目的物の品質が契約内容に適合しないことによって買主に損害が生じた場合に、買主に対して損害賠償責任を負います(契約不適合責任)。集中豪雨によって本件土地に浸水被害が生じたことが、本件土地の性状として契約内容に適合しないと評価できる場合には売主の責任が認められる可能性があります。
この点に関し、2019年5月号のコラムでは、集中豪雨により土地に冠水被害が生じたことが土地の「瑕疵」に該当するとして売主の瑕疵担保責任が争われた裁判を紹介しています。同裁判例は、集中豪雨によって「冠水被害があることは,価格評価の中で吸収されているのであり,それ自体を独立して,土地の瑕疵であると認めることは困難となる」とし、通常の降雨の場合に浸水被害は生じず、建物の敷地として安定した支持機能を有している以上、土地の「瑕疵」とは評価できないとして売主の瑕疵担保責任(現行法の契約不適合責任)を否定しています(東京高裁平成15年9月25日判決)。
この裁判例の考えを前提とすると、本件土地が通常の降雨の際には浸水被害が生じず、集中豪雨の際に浸水被害が生じる場合には、土地の性状として契約内容に適合しないとまでは評価できず、売主Bに対して契約不適合責任に基づく損害賠償責任を追及することは難しいと考えられます。
また、今回の改正宅建業法施行規則によって、あなたが仲介業者から重要事項説明において水害ハザードマップ上の物件所在地の説明を受けた場合には、土地の水害リスクを事前に認識し、これを契約内容の一つとして了承していたものと評価される可能性がありますので、注意が必要です。
また、仲介業者Aは、重要事項の説明において、水害ハザードマップに基づく説明を適切に行っています。従って、調査説明義務の不履行はないと想定されますので、その責任を追及することは困難でしょう。
3.まとめ
記録的な集中豪雨による甚大な被害が毎年繰り返されており、不動産売買においても水害リスク情報の重要性が高まっています。自治体のホームページでは、水害ハザードマップや過去の浸水実績等を確認することができます。今後、想定外の自然災害が発生することが予想されるため、これらの情報を上手く活用し、後のトラブルを予防する必要があります。