不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
マンションの使用用途を巡るトラブル
Q
私が所有・居住しているマンションは、1階に数件の店舗が入り、2階以上は住居専用部分となっており、管理規約には2階以上の住居部分の各部屋を住居の目的以外で使用することを禁止する定めがあります。
しかし、このマンションの4階405号室所有者のAさんが、部屋で託児所(無認可)を経営しており、子供の泣き声や足音の振動、廊下の汚れ、多数の託児所利用者によるエレベーターの混雑等により、このマンションの多くの住民が大変な迷惑を受けています。
マンションの管理組合は、Aさんに対して、何度も騒音や振動対策等の申し入れや託児所としての使用禁止を求めてきましたが、Aさんは、そうした要求に対し、警察官の立会まで求めて反発し、一向に改善する兆しはありません。
Aさんのこれまでの不誠実な対応から、警告のような間接的な手段ではなく、強制的にマンションの使用を禁止して欲しいとの意見もあります。
Aさんがこの部屋を託児所として使用することを停止させたり、部屋の使用を禁止することはできないものでしょうか。
A
Aさんがこのマンションの一室を託児所として使用する行為が、「区分所有者の共同の利益に反する行為」(区分所有法6条1項)に該当すると判断できる場合には、マンションの管理組合は、Aさんが、この部屋を託児所として使用することを停止する等の差止請求をすることができます。また、Aさんのこうした部屋の使用が、マンション共同生活上の著しい障害であり、共同生活の維持を図ることが困難な程度に達している場合は、この部屋の使用の禁止や競売の請求を行うことも可能でしょう。
解説
1.マンション の構造と権利
通常、建物は、全体を1つの所有権の対象としますが、マンションは、部屋が構造上区分されており(構造上の独立性)、また、独立して用途に供することができるので(利用上の独立性)、部屋ごとに独立の所有権の対象となっています。この部屋を「専有部分」、この所有権を「区分所有権」、この所有者を「区分所有者」といいます。マンションは、「専有部分」以外にも、この「区分所有者」が共同利用する玄関、廊下、階段、エレベータ―などの設備や敷地があり、「共用部分」と呼ばれています。「共用部分」は、「区分所有者」全員が一定の割合で共有しています。従って、マンションの売買は、この「専有部分」の「区分所有権」と「共用部分」の「共有持分」の売買なのです。
「区分所有者」は、「専有部分」について、通常の所有権と同様の独占的な権利を有し、原則として、自由に使用する権利を有します。しかし、マンションは一棟の建物内で多数の「区分所有者」が隣接する各部屋を所有するという共同生活の場であるため、他の「区分所有者」との円満な共同生活を維持するために、各部屋の利用について、通常の所有権にはない様々な制約を受けます。
2.区分所有権への制約
こうしたマンションの権利関係を定めた区分所有法(正式名称「建物の区分所有権に関する法律」以下「法」という)は、「区分所有者」に対して、「建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為をしてはならない」(区分所有法6条1項)という義務を定めています。
「区分所有者」は、たとえ自己の「専有部分」内であっても、建物全体の安全性や管理の障害となるような行為等「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当するような行為は禁止されます。例えば、「専有部分」の耐力壁を勝手に除去する行為や部屋に危険物を持ち込む行為等の行為はこれに該当するといえるでしょう。
そして、「区分所有者」が上記の義務に違反した場合には、他の「区分所有者」達(又は、管理組合法人)は、集会の決議(区分所有者及び議決権の各過半数)にもとづいて、①その行為の停止、②結果の除去、又は、③行為を予防するために必要な措置を執るという3つの「差止請求」を裁判上求めることができます(法57条1項、2項)。更に、義務違反行為による共同生活上の障害が著しく、他の方法では共同生活の維持を図り難い程度に達している場合には、集会の決議(区分所有者及び議決権の各4分の3以上の多数)に基づいて、相当期間の専有部分の使用禁止(法58条)やその「区分所有者」の部屋(区分所有権)の競売の請求(法59条)をすることも認められています。
このように、区分所有法は、マンションの「区分所有者」に特別な制約を課していますが、具体的にどのような行為が「区分所有者の共同の利益に反する行為」なのかについては明記していないため、多くの場合、そのマンションの管理規約や使用細則によって、建物全体の使用・管理上の規律、「専有部分」や「共用部分」の使用方法、その制限、義務違反者への制裁等を詳細に定めています。「区分所有者」及び、その承継人は、これらの管理規約等の定めに従う義務を当然に負担します。管理規約に違反する行為に対しては、管理規約上の制裁規定に従い、勧告・差止め・違約金等の処分がされますが、その違反の態様が「区分所有法」上の「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当する場合には、「区分所有法」上の差止請求や使用禁止・競売請求を行うことができます。
本件マンションの管理規約では、2階以上の部屋については、住居の目的以外の使用を禁止しているようですので、Aさんの託児所としての利用行為は、明らかに管理規約違反の行為です。まずは管理規約上の制裁処分を課すことが考えられます。一方で、Aさんの託児所としての利用状況が「区分所有者の共同の利益に反する行為」(法6条)に該当する場合には、「区分所有法」上の差止め請求によって託児所としての利用の中止を請求すべきでしょう。しかし、これまでのAさんの不誠実な対応から改善の見込みが乏しく、違反の程度が著しい場合には、相当期間の「専有部分」の使用禁止や競売請求を求めることも方法の一つかもしれません。
3.「区分所有者の共同の利益に反する行為」該当性の判断
この該当性の判断に関する現在の裁判実務は、当該行為(部屋の当該利用)の必要性、これによって他の「区分所有者」が被る不利益の態様、程度の諸事情を比較考慮の上、受任限度を超えていると判断される場合には「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当すると考えられています。
本件では、管理規約において住居目的以外の使用を禁止しているにもかかわらず、託児所という不特定多数が利用する施設を運営しており、そこでは子供の泣き声や部屋を駆け回る騒音・振動等の被害が発生し、また、「専有部分」だけでなく、「共用部分」である廊下・エレベーターにおいても、通常の使用では生じない汚れやエレベーターの混雑等が生じる等の使用態様にも問題が生じており、また、多数の子供がいることから、緊急避難時の避難等の安全管理上の問題も懸念されています。
一方で、これまで、管理組合が部屋の使用方法の改善等の申し入れを行っても、なんら改善策も示さずに放置しているAさんの不誠実な対応を勘案してみると、Aさんがその部屋を託児所として利用する必要性に比較して、他の「区分所有者」が受ける生活上の不利益や安全性確保の必要性の方がはるかに大きく、本件ケースでは受忍限度を超えており、「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当すると判断される可能性が高いでしょう。
まとめ
「区分所有者」は、マンションという特殊性から、円満な共同生活を維持するために、管理規約や「区分所有法」による様々な制約を負担しています。「専有部分」の利用といえども、使用態様によっては「区分所有者の共同の利益に反する行為」に該当する場合には、差止請求等の制裁措置を受けることになります。マンションを購入する際には、自己の意図する使用目的・態様が管理規約等に反しないか、十分に注意した上で、購入する必要があります。