不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
高齢者の不動産売買のトラブル
【設問】
先日、一人暮らしをしている高齢の親戚Aの家を訪ねたところ、Bとの間で、自宅の土地・建物を売却する売買契約と、Aを借主、Bを貸主とした自宅の賃貸借契約を締結している事実が発覚しました。
Aの話では、先月、突然、家を訪ねてきたBから「非常に良い話なので、すぐに決断をしてほしい」と執拗に言われ、契約を結んでしまったようです。売買契約書を確認したところ、相場価格よりもかなり低額の売却価格となっていました。また、賃貸借契約の賃料は非常に高額であり、年金暮らしのAには到底支払うことができないものでした。
Aは、元々、軽度の認知症の症状がありましたが、最近は、更に悪化しており、日常生活を一人で送るには不十分な状態のようです。
Aはこの売買契約を撤回することはできるでしょうか。
【回答】
売買契約を締結した当時、Aの意思能力(自己の行為の法的な結果を認識・判断することができる能力)が欠如していた場合には、売買契約及び賃貸借契約は無効となります。
また、売買契約の締結過程において、Bによる不当な勧誘行為があった場合には、詐欺・錯誤・強迫等を理由として契約を取り消すことが出来る可能性もあります。
また、Aに対する本件売買契約及び賃貸借契約内容が、Aに著しい不利益を与える暴利行為に該当する場合には、公序良俗に反し無効となる可能性も考えられます。
【解説】
1 高齢者と意思能力
Aは、現在、認知症が進行し、判断能力に深刻な問題があるようです。仮に、AがBと自宅(土地・建物)の売買契約等を締結した当時、Aの意思能力が欠如し、売買契約等によって自己に生じる法律上の効果を正確に認識できない状態であった場合には、A・B間の売買契約等は無効となり、自宅の売買契約や賃貸借契約の成立を否定することができます。
これは、法律行為は、原則、自己の意思に基づいて行ったもののみ法律上の効果が生じるとされているためです。契約当事者が契約締結時に意思能力が欠如した意思無能力状態であった場合には、自己の意思に基づいた行為とはいえないため、契約は無効となります。この意思能力に関する原則は、これまで当然の前提とされており、民法上の規定はありませんでしたが、2020年民法改正によって、明文上の規定が設けられました(民法3条の2)。
一方、認知症状の進行には個人差があり、現時点で意思無能力状態である場合でも、契約締結時点での意思能力の有無が不明なケースも少なくないため、意思能力の有無を巡り、紛争に発展する場合があります。
契約締結と近接した時期に医師の診断書や通院記録等がある場合には、立証が比較的容易ですが、そのような記録がない場合には、契約締結時の年齢、認知症等の有無、契約締結の経緯、契約前後の言動、行動の難易度、法律効果の軽重等を総合的に検討し、契約締結時における意思能力の有無を判断することになるでしょう。
2 錯誤・詐欺・強迫等による取消し
売買契約当時、Aの意思能力は低下しているものの、意思無能力には至っていなかった場合、意思無能力による契約の無効を主張することはできません。
しかし、売買契約締結の過程で、Bによる不当な勧誘行為があった場合には、錯誤・詐欺・強迫等を理由として、契約を取り消しできる場合があります。
また、A・B間の契約が消費者契約(Aが消費者、Bが事業者)に該当する場合には、消費者契約法に基づく取り消しをすることも考えられます。消費者契約法では、不当な勧誘行為として、不実告知や断定的判断の提供、不退去等、の他、高齢者の判断能力の低下を利用して不安をあおり契約させた場合の取り消しを規定しています。
3 公序良俗による無効
また、高齢により判断能力が低下していることを利用して、高齢者に著しい不利益を与える内容の契約が暴利行為にあたり、公序良俗に反するとして、契約を無効とする裁判例もあります。
本件設問と同様の事例において、年金が唯一の収入である、一暮らしの82歳の女性(原告)の居住する不動産を、固定資産価格の3割にも満たない著しい低額で売却させ、これに伴い高額な賃料での賃貸借契約を締結させた事案において、「原告にとって損失の非常に大きい内容であり、高齢で理解力が低下していた可能性がある原告に、十分に説明をしないまま不合理な契約を締結させ、暴利を得ようとしたものであり、公序良俗に反し無効である」と判断しています(東京地裁平成30年5月25日判決)。
本件設問のケースにおいても、A・B間の売買契約内容が、Aの判断能力低下を利用して、Aに著しい不利益を与える暴利行為にあたる場合には、公序良俗に反し無効となる可能性もあります。
4.まとめ
近年、高齢者人口の増加とともに、高齢者を巡る契約上のトラブルが増えています。
特に、高齢者が自宅を売却して失った後、新たな居所を探すことは容易でなく、その被害は甚大です。また、前記の通り、契約締結時点の意思無能力の立証は困難を伴う場合も少なくありません。行為無能力者制度を利用する等、事前の防止策を講じることも必要となるでしょう。