不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
借地の買取りに伴う通行権に関するトラブル
【Q】
私は、地主Aさんから借地を借り、借地上に自宅を建てて長年生活してきました。借地から公道へ通じる通路が狭いため、借地契約開始当初より、地主Aさんの承諾を得て、借地の隣地(地主Aさんの土地)の一部に通路を開設して通行してきました(以下、「通路利用権」と呼ぶことにします)。間もなく、借地契約の期間満了を迎えます。
(1)地主Aさんは、自身の高齢を理由に借地契約を期間満了により終了させたい意向のようです。私は借地契約の更新を希望していますが、借地契約の期間満了により、私は借地を地主Aさんに返さなければいけないのでしょうか。
(2)私は借地での生活を続けたいので、地主Aさんから借地を買い取ることも検討しています。借地の売買に際しては、どの様な点に注意すべきでしょうか。
(3)私が地主Aさんから借地を買い取った場合、私には、これまで通り、隣地(地主Aさんの土地)の「通路利用権」があるのでしょうか。借地の買取りを進める上で、この「通路利用権」を確保するために、どのような点に注意する必要があるでしょうか。
【回答】
(1)あなたは、地主Aさんに対し借地契約の更新を請求することができます。地主Aさんがこれに異議を述べて借地契約を終了させるためには正当事由が必要となります。地主Aさんに正当事由が認められるか否かは、後記の通り、土地使用の必要性、従前の経過、使用状況等の諸般の事情を総合考慮して判断されます。
(2)借地の売買契約の場合、売買価格の協議が必要です。借地の売買価格は、通常、借地の更地価格(所有権価格)からあなたが有している借地権価格を控除した金額(底地価格)です。この借地権価格をどう合意するかが、地主Aさんが売買を決断する際のカギとなります。
(3)この通路利用権は、借地契約開始時に設定された隣地(通路)の賃借権、又は、本件借地を要役地、隣地(通路)を承役地とする通行地役権と考えられます。現状では、第三者に対する対抗要件がありませんので、借地の売買契約の際、隣地通路の通行地役権設定契約を締結し、かつ、通行地役権の登記を具備することで、隣地の通行に関して第三者対抗要件を備える必要があるでしょう。
【解説】
1 借地契約の終了と正当事由
(1) 借地借家法の下では、借地権者の権利が強く保護されており、借地契約が期間満了となる場合でも、借地権者が契約の更新を請求した時は、建物がある場合に限り、従前の契約と同一の条件で契約を更新したものとみなされます。また、借地契約の期間が満了した後、借地権者が土地の使用を継続するときも、建物がある限り、同様に契約を更新したものとみなされます。但し、これらの場合に、借地権設定者が遅延なく異議を述べたときは、この限りではありません。この借地権設定者の異議は、借地権設定者及び借地権者が土地の使用を必要とする事情の他、従前の経過及び土地の利用状況、立退料の有無等を考慮して、正当事由があると認められる場合でなければ、述べることができないとされています。
(2) 本件設問の場合、あなた(借地権者)が、借地契約の更新を請求した時は、建物がある場合に限り、原則として、借地契約は従前と同一条件で更新したとみなされ、地主Aさんが、これに異議を述べる場合には、正当事由が必要となります。正当事由の有無は、前記(1)の通り、諸般の事情を考慮して判断されますが、あなたが長年借地上の自宅で居住してきた経過・使用状況からすると、地主Aさんが自身の高齢のみを理由として契約終了を主張する場合には、正当事由は認められない可能性が高いと考えられます。
もっとも、これまで地代の滞納や目的外使用等の契約違反事由があなたに存在し、これにより当事者間の信頼関係が破壊されるに至っている場合には、地主Aさんはこれを理由に借地契約を解除し、借地契約を終了させることができます。この場合には、あなたは借地を地主Aさんに返還する義務があります。
2 借地の売買契約
借地の売買は、当該土地の底地権の売買と言われています。当該土地の価格は、通常、取引状況により定まる土地の所有権価格(更地価格)です。しかし、当該土地の所有権価格は、当該土地に借地権が設定されると土地の利用権が借地権者に移転することにより借地権価格相当額が減少した残価値(底地価格)となります。従って、借地の売買では、この借地権価格をどの様に評価するかが問題となります。相続税評価の際の路線価がある土地の場合には、路線価における借地権割合などを参考に協議しますが、最終的には、売主の地主Aさんと借地権者のあなたの合意により決まります。誠実な話し合いを行って下さい。
3 借地と隣地の通行権
(1)この通路利用権に関する契約書などがありませんが、借地契約締結当初から、あなたは、本件借地から公道へ直接通じる通路が狭いため、地主Aさんの承諾を得て、本件借地の隣地(地主Aさんの土地)の一部に通路を開設して長年通行してきました。この地主Aさんの承諾は、借地契約上の貸主Aの債務(借地を使用させる債務)に伴う付随的な債務として、隣地の通行権を認めたものであり、具体的事情にもよりますが、隣地(通路)の賃借権、又は、本件借地を要役地、隣地を承役地とする通行地役権が設定されたものと考えられます。この通行地役権の要役地と承役地は、同一所有者の土地ですが、その場合でも地役権の設定が認められるとする判決があります(東京地裁昭和45年9月8日判決)。
(2)では、あなたが本件借地を買取った場合、借地契約は終了しますが、この通路利用権はどのようになるでしょうか。
前記の判決では、あなたの場合と同様に、借地契約締結当初から、地主の承諾のもと隣地に通路を開設して長年通行し、その後、借地権者が借地の買取りを行い借地契約が終了した場合には、借地の売買契約と同時に、隣地通路の通行地役権が設定されたものと考えることができると判断しています(東京地裁昭和45年9月8日判決)。借地契約が継続していた段階での地役権設定ではなく、借地の売買契約時の地役権設定を認定していますが、この通路利用権が継続される点において、あなたの場合と同様に考えることができます。
(3)なお、この通路利用権は、隣地の所有権が地主Aさんから第三者に移転した場合、隣地の通行権を第三者に対抗するためには、通行地役権の対抗要件を備える必要があります。もしくは、借地部分と合わせて通路部分も買取ることを検討する必要があるでしょう。
4 まとめ
借地契約に伴い、隣地通路の通行が認められている場合、借地契約上の付随的な債務として、通行を認めているものと考えられますが、通行権の法的性格が明確となっていないことが多いと考えられます。借地契約の締結の際、及び、借地の売買契約の際にも、通行権の具体的内容を明確にして、第三者対抗要件を備えることが後のトラブルを防ぐ上で大切です。