不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
高齢者の居住用不動産の売却での注意点
判断能力が低下した高齢者が不動産売買を行う場合にどのような点に注意する必要があるでしょうか。
設例
母Aは、数年前に亡父から相続した自宅で、一人で生活してきましたが、昨年、脳梗塞をおこし、それ以来、ほとんど寝たきりの生活となり、意識が朦朧としている状態が多く、現在病院に入院しています。まもなく退院の予定ですが、退院後の母の生活に不安があるため、母の自宅を売却し、介護施設への入所を検討しています。
質問
(1)母Aがこの様な状態の場合、私が母に代わり自宅を第三者に売却することに問題があるでしょうか?それとも、他の売却方法があるのでしょうか?
(2)また、母の自宅の売却に際し、私が自宅を買い取ることに問題があるでしょうか?
回答
(1)Aさんは脳梗塞の影響で意識が朦朧としていることが多い状態のようですので、意思能力(判断能力)に問題がある可能性があります。
Aさんが自宅売却に関する意思能力(判断能力)を有している場合には、あなたは、Aさんから代理権限の付与を受けて、Aさんの代理人として自宅の有効な売却を行うことができるでしょう。
しかし、Aさんの病状が重く、意思能力(判断能力)が不十分である場合には、Aさんからの代理権限付与の有効性に問題があり、無権代理による売買として無効とされる余地があります。この様な場合、あなたは、家庭裁判所に対し、Aさんの成年後見開始の申立を行い、選任された成年後見人が、Aさんの法定代理人として自宅を売却する必要があります。
なお、成年後見人は、Aさんの自宅を売却する際には、家庭裁判所の別途の許可を得る必要があります。成年被後見人の「居住の用に供する建物」を売却するには、別途の許可を得る必要があり、Aさんの自宅は、この建物に該当するからです。
(2)あなたが、Aさんの代理人の立場にいる場合、あなたが自宅を買い取る売買は、自己契約に該当し、これは禁止されているので、予めAさんの承諾を得ておく必要があります(民法108条本文)。また、Aさんの成年後見開始の審判に伴い、あなたが成年後見人に選任された場合、あなた(成年後見人)が、Aさん(成年被後見人)から自宅を買い取ることは、利益相反取引に該当するため、裁判所に対し買主の特別代理人の選任申立てを行い、その特別代理人との間で売買をする必要があります。
解説
1.意思能力(判断能力)
不動産の売買などの法律行為を有効に行うには、契約当事者が契約締結時に意思能力を有していることが必要です。意思能力とは、自己の行為の法的な結果を正しく認識し、これに基づき正しく判断する能力のことです。意思能力の有無の判断は、個々の法律行為ごとにその難易度や重要性などを考慮して、行為の結果を正しく認識・判断していたか否かを中心に判断すべきであるとされています(東京地裁平成28年10月19日判決)。
不動産の売買であれば、自分の家を売却することで、売買代金を得る代わりに、家を手放さなければならず、今後、家を自由に使用できなくなること等、売買によって自己の取得する権利と自己が負担する義務をきちんと理解できる能力が必要になります。
現行民法には、この意思表示に関する明文規定がありませんが、意思能力が不十分な者が契約内容を理解せずに契約を締結し、不測の損害を負う事態等を防ぐため、現在の裁判実務では、前記のような解釈をしています。
なお、2020年4月1日より施行される改正民法(債権法)では、意思能力がない意思表示(法律行為)は無効とする旨の規定が明文化されることになりました(新法3条の2)。
2.成年後見制度等
前記のように、意思能力の有無の判断は、行為者によって画一的に判断されるのではなく、個別の法律行為ごとの性質・難易度等の事情を勘案して判断されるので、同一人物の法律行為でも、個別の法律行為の性質・難易度等によって意思能力の程度の判断に違いが生じます。現行民法では、こうした意思能力(判断能力)が一般的に不十分と考えられる者について、意思能力(判断能力)の低下の程度に応じて、後見、保佐、補助の審判を行い保護する制度を設けています。
ア.成年後見
精神上の障害(認知症、知的障害、精神障害等)により事理を弁識する能力を欠く常況にある者について、本人や配偶者等の請求により、家庭裁判所は後見開始の審判を行い、成年後見人を選任します。後見開始の審判がされると、本人は、成年被後見人として、日常生活に関する行為以外の法律行為についての行為能力(法律行為を有効に行う能力)が制限されます。その結果、成年後見人は、成年被後見人の法定代理人として法律行為を行い、また、成年被後見人が行った法律行為(契約等)を取消すことができます。
本件のAさんの病状が重く、事理弁識能力を欠く常況にある場合には、後見開始の審判に基づき選任された成年後見人がAの法定代理人となって、自宅の売却を行うことになるでしょう。
イ.保佐
精神上の障害により事理を弁識する能力が著しく不十分である者について、本人や配偶者等の請求により、家庭裁判所は保佐開始の審判を行い、保佐人を選任します。保佐開始の審判がされると、本人は、被保佐人として、所定の法律行為をするには、保佐人の同意が必要となります。保佐人の同意を得ずにした法律行為は、保佐人等によって取り消すことができます。また、家庭裁判所は、本人等の請求により、保佐人に対し一定の法律行為について代理権を付与する場合もあります。
ウ.補助
精神上の障害により事理を弁識する能力が不十分である者について、本人や配偶者等の請求により、家庭裁判所は補助開始の審判を行い、補助人を選任します。補助は、一定の意思能力(判断能力)がある軽度の認知症、知的障害、精神障害の状態にある者を想定した制度ですので、自己決定権尊重の観点から、補助開始の申立てが本人以外の請求による場合には、本人の同意が必要となります。家庭裁判所は、本人等の請求により、補助人に一定の法律行為について同意権や代理権を付与することができます。
3.居住用不動産の売却
成年被後見人等にとって、住み慣れた住居を離れることは、精神面や体調に与える影響が非常に大きいため、居住用不動産の処分には慎重な判断が必要です。そのため、成年後見人等の「居住の用に供する建物又は敷地」を、売却、賃貸、賃貸借の解除等の処分をする場合には、家庭裁判所の許可を得る必要があります(民法859条の3、876条の3第2項、876条8)。
「居住の用に供する建物又は敷地」とは、現に、成年被後見人等が居住する建物だけでなく、居住しておらず、かつ、居住の用に供する具体的な予定がない場合であっても、将来において生活の本拠として居住の用に供する可能性がある建物も含むと裁判例では解釈されています(東京地裁平成28年8月10日判決)。
本事例のAさんは現在病院に入院中ですが、入院前の本来の生活の本拠は自宅であり、退院した場合にも自宅に戻ることが考えられるため、今回売却を検討している自宅は「居住の用に供する建物」に該当すると考えられます。
4.自己契約、及び、利益相反取引の禁止
あなたが売主Aの代理人の立場にいる場合に、あなたが買主になる売買契約は、自己契約として禁止され(民法108条本文)、無権代理となり、本人に対して効力は生じません。あなたは、売主Aの代理人としてAの利益の為に行動すべきなのに、買主のあなたの利益の為に行動する危険性が高いと考えられるからです。但し、予め、売主本人(A)の承諾を得ている場合には、この危険性が薄いとして禁止が解除されるのです(同条但書)。従って、あなたは、必ず、Aの事前の承諾を取って下さい。
また、あなたが成年後見人に選任された場合には、あなたは、Aの法定代理人としてAの利益の為に自宅の売買を行う立場にいます。その際に、あなたが買主となることは、買主であるあなたの利益と売主Aの利益とが相反する関係(利益相反関係)になります。その為、公正な売買取引とする目的で、裁判所に対し買主の特別代理人の選任申立てを行い、選任された特別代理人との間で公正な売買を行うのです(民法826条、860条、876条の2、)。もし、あなたが成年後見人に選任された場合で、あなたが自宅を買い取る場合には、必ず、特別代理人の選任申立てを行い、公正な取引を実施して下さい。
5.まとめ
高齢化社会に伴い、意思能力(判断能力)が低下した高齢者が不動産売買契約の当事者となる場面はますます増加してくことが予想されます。他方、一般人にとって、意思能力(判断能力)の有無の正しい判断をすることは困難を伴います。その判断を誤ると、意思能力(判断能力)が低下した高齢者に不測の損害が生じ、取引相手方にも不測の事態が生じます。こうした事態を防止するため、また、相手方の取引安定を図るためにも、成年後見制度等をうまく活用することが望まれます。