不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
シックハウス症候群に関するトラブル
【Q】
数か月前にマンションの一室(本件部屋)を購入しました。しかし、本件部屋へ入居した直後から、目の痒みや咳等の体調不良が続き、シックハウス症候群との診断がされたため、現在は新居から退去して別の建物で生活しています。
シックハウス症候群が発症したことは、本件建物の欠陥(瑕疵・契約不適合)に該当しないでしょうか?
【回答】
購入した本件部屋おいて、シックハウス症候群が発症したことのみをもって、直ちに建物に欠陥(瑕疵・契約不適合)があったとまでは言うことは難しいでしょう。しかし、本件部屋の売買契約において、本件部屋の室内の化学物質の放散について一定の濃度以下の水準であることを保証した、また、一定の濃度以下の水準の建材の使用を合意していた等の事実が認められ、本件部屋がそれらの合意に反する場合には、本件部屋には欠陥(瑕疵・契約不適合)があるものとして、売主等には売買契約上の責任が発生する可能性があります。
1 シックハウス症候群
住宅の建材や内装に使用されるホルムアルデヒドを含む化学物質やカビ・ダニ等による室内空気環境の悪化を原因として発症する健康被害(目の痒み、めまい、吐き気、頭痛、蕁麻疹等)の総称を「シックハウス症候群」と呼んでいます。
1990年代後半から、新築・改築工事に伴うシックハウス症候群が増加し社会問題として周知され、これに対する対策として、厚労省によってホルムアルデヒトを含む室内化学物質の濃度指針値が定められ、また、建築基準法ではホルムアルデヒドを放散する建材の使用制限や換気設備を義務付ける改正が行われる(平成15年7月施行)等、関係法令において対策が取られてきました。これらの対策により、シックハウス症候群の相談件数は減少傾向にあるともいわれていますが、シックハウス症候群は、未だ解明されていない部分も多く、症状の有無には居住者の体調や体質が大きく左右するとも言われています。
2 売買契約上の問題点
シックハウス症候群の発症により、購入した住居で生活を継続することが困難となり、売買契約の解除や売主の損賠賠償等の責任問題に発展するケースもあります。
ア、裁判例(東京地裁平成17年12月5日民事第40部判決)では、マンションの広告やパンフレットに「環境物質対策基準JAS規格のFc0基準とJIS規格のE0・E1基準の仕様」「シックハウス症候群の主な原因とされるホルムアルデヒドの発生を抑えるために、JAS規格でもっとも放散量が少ないとされるFc0基準やJIS規格のE1基準以上を満たした建材を使用」「壁クロスの施工にもノンホルムアルデヒドタイプの接着剤を使用」等と記載され、同広告を見て、同マンションの一室を購入した原告が、入居直後からシックハウス症候群を発症し、室内から厚労省指針値を超えるホルムアルデヒドが検出された事案において、売主の瑕疵担保責任に基づく契約解除や損賠賠償等の責任の有無が争われました。
同裁判例では、前記パンフレット・広告の記載から見て、本件建物の売買契約では、本件建物の備えるべき品質として「本件建物自体が環境物質対策基準に適合していること」すなわち、「ホルムアルデヒトをはじめとする環境物質の放散につき、少なくとも契約当時の行政レベルでの取組みにおいて推奨されていた「厚労省指針値の水準以下に抑制されたものであること」が前提とされていたと認定し、本件建物の環境物質の放散は、引渡し当時の厚労省指針値を相当程度超える水準にあったと推認される。従って、本件建物には瑕疵が存在するとして売主の瑕疵担保責任を認め、契約解除と被告の損害賠償責任を認めています。
イ、一方、裁判例(東京地裁平成19年10月10日民事第22部判決)では、住宅メーカーである被告との間で戸建住宅の請負契約を締結した原告が、完成建物に入居後にシックハウス症候群に罹患した事案において、原告は、戸建住宅の請負契約の内容として、①原告らがシックハウス症候群に罹患しないようにすること、②室内の空気中のホルムアルデヒト濃度がガイドライン値を超えないようにすること、③ホルムアルデヒト等の放散量が限りなく0に近い建材を使用すること、④1時間に0.5回の換気量を確保することが請負契約上の義務として合意されていたと主張して、これらの合意違反や安全配慮義務違反等に基づく被告の損害賠償責任等の有無が争われました。
同裁判例では、①原告らがシックハウス症候群に罹患しないようにすること、及び、②室内の空気中のホルムアルデヒト濃度がガイドライン値を超えないようにする方法は、現在の医学的知見、及び、建築施工等の技術水準からは、明らかになっていない事柄であるから、これを契約内容として具体的に明示・要求し、施工者がこれを承諾した明らかな根拠がない限り、上記事柄を契約内容として合意したとは認められない、又③建材の仕様や④換気量についても、その旨の合意があったとは認められないとして、原告の請求を棄却しました。
3 まとめ
上記の通り、シックハウス症候群の発症に伴い売主等の責任が争われた裁判例では、事案ごとに裁判所の判断は分かれています。しかし、いずれの裁判例においても、売買契約において、建物の備えるべき品質について何が合意されたのか、その合意内容が重要な要素となっています。したがって、不動産の購入に際し、シックハウス症候群への対応や建材の仕様等について一定の要望がある場合には、その具体的内容について、売主・施工業者との間で協議の上、合意内容を明確にすることが大切です。