不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
「空家等」の売買・管理をめぐる問題
低廉な空家等の売買取引における媒介報酬額の特例
空家等対策の推進に関する特別措置法
Q
私が相続した祖父宅(戸建住宅)が長い間空家となっています。祖父宅の隣地住民から、祖父宅の老朽化により今にも屋根瓦等の崩落の危険があるため、安全に管理してほしいとの連絡がありました。祖父宅は遠方にあり、頻繁に管理に通うことも難しいため、祖父宅を売却したいと思っています。
私の住まいの近くにある宅建業者に相談したところ、遠方にある祖父宅の売却は、売却先がみつかるまでに時間がかかり、売買価格も低廉であり、また、現地調査に行く必要もある為、「低廉な空家等の売買取引における媒介報酬額の特例」(以下「媒介報酬額の空家等の特例」)に基づき、本来の媒介費用の他に、別途の調査費用等がかかると説明されました。
(1)「媒介報酬額の空家等の特例」とはどのような内容でしょうか。
(2)売却先がみつかるまでの期間、祖父宅に倒壊等が発生した場合、私にはどのような法律上の責任が生じるのでしょうか。
A
(1)平成29年12月の報酬告示の改正により「空家等」(物件価格が400万円以下の低廉な宅地または建物の売買等の取引において、通常の売買等の媒介と比較して現地調査等の特別の費用を要する物件)については、宅建業者は、依頼者から、18万円を上限額として、報酬告示規定上の媒介報酬額に、現地調査等に要する費用相当額を合計した金額を媒介報酬として受領できるとする特例が定められました(平成30年1月1日施行)。
あなたの相続した祖父宅が、特例の「空家等」の要件に該当する場合には、調査費用等相当額が媒介報酬として加算される可能性があります。
(2)祖父宅に家屋倒壊等が発生し、隣地住民に損害を与えた場合には、あなたは、被害者に対して、工作物責任に基づく損害賠償責任を負う可能性があります。また、祖父宅が「空家等対策の推進に関する特別措置法」(以下空家等対策特別措置法)上の「特定空家等」に該当する場合には、市町村から指導や命令等の行政処分を受ける可能性があります。
売却先が見つかるまでの期間、家屋の倒壊等が生じないように、早急に安全対策を講じる必要があるでしょう。
解説
1.媒介報酬額
宅建業者が、宅地建物の売買または交換(以下「売買等」)の媒介に関して受領できる媒介報酬額は、国土交通大臣の定める報酬告示によって上限額が定められています。私たちが宅建業者に宅地建物の売買等の媒介を依頼する際には、依頼する媒介業務の内容、種類、期間、物件調査や交渉の難易度等によって、報酬告示の上限額の範囲内で媒介報酬額を決定し媒介契約を締結します。
この媒介業務には、物件の調査費用、交通費、広告費用、人件費等の諸費用が発生しますが、これらの諸費用は、原則として、媒介契約で定めた媒介報酬額に含まれ、依頼者に対して別途請求することはできません。例外的に依頼者が特別の広告の依頼をした場合には、特別の広告料金に相当する費用の見積もりを示し、依頼者の承諾を得た上で、別途請求することができるとされています。
また、媒介報酬の請求権は、成約主義のため、売却活動等に尽力しても、売買契約が成立しなかった場合には、一切の請求ができず、物件調査や広告費用等の諸費用は、宅建業者の負担となります。
2.媒介報酬額の「空家等」の特例
低廉な「空家等」の売買の場合、宅建業者は、媒介行為によって売買契約を成立させても、媒介に伴う諸費用を負担するため、報酬告示上の媒介報酬額だけでは赤字となり、媒介の受任を控える事が起こり、「空家等」の取引が停滞することが問題視されてきました。
このような事態を受け、平成29年12月に報酬告示が48年ぶりに改正され、物件価格(消費税相当額を含まない)が400万円以下の低廉な宅地または建物の売買取引において、通常の売買の媒介と比較して現地調査等の費用を要する場合には、宅建業者は、依頼者(売主)から、18万円(消費税相当額を含まない)を上限額として、これまでの報酬告示上の報酬額に、現地調査等の費用相当額を合計した金額を媒介報酬として受領できるようになりました。特例における現地調査等に要する費用には、人件費も含まれます。この特例は、平成30年1月1日から施行されています。
宅建業者は、媒介契約締結時に、依頼者に対して、これらの現地調査等の費用について説明の上、合意をする必要があります。なお、この特例による報酬を受け取ることのできる相手方は、「空家等」の売主または交換を行う者に限られ、買主または交換の相手方からは特例による報酬額を受け取ることはできません。
あなたが相続した祖父宅が、この「空家等」の要件に該当する場合には、「媒介報酬額の空家等の特例」に基づき、18万円を上限とした、現地調査等の費用相当額を加算した媒介報酬額が請求される可能性があります。
3.空家等の所有者の工作物責任
土地の工作物の占有者・所有者は、工作物の「設置または保存に瑕疵がある」ことにより、他人に損害を与えた場合には、その損害を賠償する責任を負います(民法717条、工作物責任)。
土地の「工作物」とは、土地に接着して、人工的に築造された物、及び、これと一体をなすものをいい、家屋や土地に設置された塀等が「工作物」に該当します。
また、「設置または保存に瑕疵がある」とは、設置行為または保存管理に問題があることにより、工作物が通常備えるべき安全性を欠いていることをいいます。
占有者の工作物責任は、損害の発生を防止するために必要な注意を果たしていた場合には免責されますが、所有者は無過失責任を負います。
祖父宅が、長年管理せずに放置され、倒壊等のおそれがある場合には、「保存の瑕疵がある」場合に該当すると考えられます。祖父宅に家屋倒壊や屋根の崩落等が発生し、隣地住民の身体や財産に損害を与えた場合には、あなたは、工作物責任に基づく賠償責任を負う可能性がありますので、管理を十分行って下さい。
4.空家等対策特別措置法
近年、人口減少等により、適切に管理されずに放置された老朽化した空家が全国的に増加し、防災、防犯、衛生、景観等の面で周辺環境に深刻な影響を与えていることが社会問題となり「空家等対策特別措置法」が平成26年11月に制定されました。
「空家等対策特別措置法」では、空家等の所有者又は管理者に対して、空家等の適切な管理に努める責務を定めています(同法3条)。
また、同法において、市町村長は、「特定空家等」(著しく保安上危険となるおそれがある状態、又は、著しく衛生上有害となるおそれのある状態、著しく景観を損なっている状態等、周辺環境の保全を図るために放置することが不適切な状態にあると認められる空家等)の所有者等に対して、必要な措置を取るように、助言、指導、勧告、命令をすることができ、所有者等が命令に従わない時には「行政代執行」をすることができると定めています。
祖父宅が「空家等対策特別措置法上」の「特定空家等」の要件に該当する状態となっている場合には、あなたが、今後も危険な状態を放置しつづければ、行政からの指導や命令等の行政処分を受ける可能性もあります。
5.まとめ
本件のように、所有者の居住地から遠隔地に「空家」がある場合「空家」を適切に管理することは容易ではありません。そのため、「空家」の売却処分が検討されます。現在、各地の自治体に「空家バンク」が設置されています。
あなたは、宅建業者を介して、「空家」を「空家バンク」に登録し、又、「媒介報酬額の空家等の特例」の適用により、「媒介契約」の依頼を促し、「空家」処分の協力を得ることが期待されています。あなたは、宅建業者から、事前に調査費用の見積もり等の説明を受け、納得した上で、媒介契約を締結することが大切です。