不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
環境的瑕疵(売主の瑕疵担保責任 その4)
Q
私は、環境の良い場所で緑を眺めながらのんびりとした老後の生活を送りたいと考え、仲介業者Aに住宅の探索を依頼したところ、B業者が販売する新築の戸建住宅の紹介を受けました。その戸建住宅は、南西側のリビングの窓から、近隣の木々の緑を眺めることができる環境で、私の希望を兼ね備えた住宅だったので購入することにしました。
しかし、この住宅に入居後わずか3ヶ月も経過しないうちに、土地区画整理事業の一貫として、この住宅の南西側約4メートルの位置に、高さ5メートルの鉄筋コンクリート擁壁が長さ約100メートルに亘り建設が開始され約半年後に完成しました。その結果、この住宅のリビングの窓からの景色は、高さ5メートルの擁壁に完全に遮られ、近隣の木々の緑は全く見えなくなってしまいました。この擁壁の建設計画は、既に3年前から決定していたそうです。
私は、仲介業者Aに物件紹介の依頼をする際に、静かな環境の良い場所で、緑を眺めながらのんびりとした老後の生活をしたいとの希望を説明し、その希望に叶う住宅を購入したと思っていたにもかかわらず、入居後わずか3ヶ月で、リビングの窓の前面に高さ5メートルの擁壁が立ちはだかり、近隣の木々の緑を眺めることができないだけでなく、毎日、擁壁の圧迫感に苦しむ生活となりました。その為、私は、止む無く、この住宅の一部を改築しました。
このような住宅は、私が当初希望していた物件とは異なるもので、全く納得が行きません。私が負担したこの住宅の改築費用等について、売主Bや仲介業者Aに対し損害請求をすることができないでしょうか。
A
1.売主Bへの損害賠償請求
あなたが、売主Bに対して、この住宅のリビングの窓から近隣の木々の緑を眺めることができるから購入するとの目的(動機)を示し、売主Bがこの目的を了解した上で販売したという事情でもあれば、この住宅の周辺環境の変化について、売主Bに対する「瑕疵担保責任」に基づく損害賠償請求が可能となる余地があるかもしれませんが、そうした事情が認められない本件売買契約では、売主Bに対する損害賠償請求を行うことは難しいと考えられます。
2.仲介業者Aへの損害賠償請求
一方で、あなたは、仲介業者Aに対しは、静かな環境の良い場所で、緑を眺めながらのんびりとした老後の生活を送りたいとの希望を説明し、この住宅のリビングの窓から近隣の木々の緑を眺めることができるから購入するとの目的(動機)を示していますので、仲介業者Aは、この住宅の周辺環境があなたの希望に叶うものか否かを事前に調査・確認を行う義務を負担しています。そして、既に3年前から決定していた擁壁の建築計画を調査することが可能であったと思われますので、それを怠った仲介業者Aは、債務不履行に基づく損害賠償責任を負担する可能性があります。
解説
1.売主の瑕疵担保責任
売買の目的物に「隠れた瑕疵」がある場合、売主は、買主に対して、瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任を負います(民法570条)。売買の目的物の「隠れた瑕疵」とは、目的物が、売買契約当時に想定された品質や性能を欠いた状態・欠陥をいいます。
この「隠れた瑕疵」に該当する場合とは、①たとえば建物に構造上の欠陥がある等の「物理的瑕疵」、②建物内で過去に発生した不慮の死亡事件等が欠陥と評価される「心理的瑕疵」、③法令の規制により当初想定していた土地建物の利用が制限される「法令上の制限の瑕疵」、④土地建物自体に欠陥がない場合でも、騒音や日照等の土地建物の周辺環境が欠陥と評価される「環境的瑕疵」等が考えられます(詳細は、10月号コラム(飛び降り自殺したマンションの売買(売主の瑕疵担保責任 その2))を参照ください)。
②「心理的瑕疵」や④「環境的瑕疵」は、目的物自体の欠陥というよりは、目的物の内部で過去に発生した歴史的事実や目的物の周辺環境等を理由に目的物の欠陥と評価するもので、人によって感じ方が異なる主観的な事項であり「隠れた瑕疵」と評価すべきかについては慎重な判断が必要となります。
本件の場合も、この住宅のリビングの窓から近隣の木々の緑を眺めることができる景色は、この住宅の周辺環境であり、本件売買の対象物(住宅)そのものではありません。あなたの周辺環境への期待は、主観的なものであり、当然には、売買の目的物には含まれません。従って、この周辺環境の変化により、あなたの期待に反する状態が生じたとしても、当然には、目的物(住宅)の「隠れた瑕疵」と考えることができません。
しかし、あなたが、本件売買において、この景色等の周辺環境を住宅の重要な要素として購入を決断し、そのことを売主B業者に明示し、売主もそれを前提の上で住宅の売買契約を行った特別な事情があれば、この景色等の周辺環境は、住宅が有すべき品質や性能と考えることが可能となり、周辺環境の変化が「住宅の欠陥」と考えられる余地が生じます。この場合には、「隠れた瑕疵」として、売主Bの「瑕疵担保責任」が生じる余地があります。
更には、「住宅の著しい欠陥」と評価できる場合には、売買契約が「動機の錯誤」により無効であるとの問題も生じる余地があるかもしれません(「動機の錯誤」は、11月号コラム(法令上の制限が隠れた瑕疵となる売買(売主の瑕疵担保責任 その3))を参照ください)。
いずれにしても、あなたの本件売買契約では、この特別な事情が見られませんので、売主B業者に対し、瑕疵担保責任を追求することは難しいと思われます。
2.仲介業者Aの調査・説明義務の債務不履行責任
仲介業者Aは、宅建業法上、及び、媒介契約上、あなたの為に、売買に関する様々な重要な事項を最善を尽くして調査・確認し、その結果を重要事項説明書に記載して説明を行う義務を負っています。あなたは、仲介業者Aに対し媒介依頼する際に、環境の良い場所で緑を眺めながらのんびりとした老後の生活を送りたいとの住宅の購入目的を説明しているので、仲介業者Aは、この住宅が、あなたの目的に適した住宅か否かを可能な限り調査し説明をする義務を負っています。そして、この住宅の周辺環境を激変する可能性のある擁壁の建設は、既に3年前に決定していた土地区画整理事業の内容であり、仲介業者Aにおいて、調査することが十分可能な内容でありながら、この調査を怠り、擁壁の建設によってこの住宅の周辺環境が激変する可能性についての説明を行ないませんでした。これは、仲介業者Aの媒介契約に基づく調査・説明義務の明らかな債務不履行です。
従って、あなたの住宅の改築が、仲介業者Aの債務不履行と因果関係を有する場合には、その範囲での損害賠償請求が可能となる余地があるでしょう。
まとめ
物件の周辺環境は、様々な要因によって、常に変化する可能性のあるものです。物件の周辺環境を気に入って購入に至った場合でも、売買の過程で周辺環境を含めて売買の目的としたと同視できるような特別の事情がある場合でなければ、売主に対して瑕疵担保責任を問うことは難しいことが予想されます。
又、こうした周辺環境が、住宅の「環境的瑕疵」となるかの判断は、極めて難しい問題であり、法律の専門家とよく協議して対処して下さい。