不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
中古住宅購入後、引渡し前の滅失
【Q】
私は、2023年6月に、売主Aとの間で、中古住宅を購入する売買契約を結びました。しかし、物件引渡し前に発生した大地震によって、中古住宅が倒壊してしまいました。
私は、売買代金を支払わなければならないでしょうか。
【回答】
売買契約締結から建物引渡しまでの間に発生した自然災害によって建物が倒壊し、建物の引渡しができなくなった場合、現行民法の規定によると、あなたは、売買代金の支払いを拒むことが出来ます。また、あなたは、売買契約を解除することもできます。
もっとも、あなたが締結した売買契約条項に、上記民法と異なる定めがある場合には、当該条項が優先されますので、まずは契約書を確認する必要があります。
1 危険負担
本件中古住宅売買契約の締結により、売主Aは、あなたに対して、中古住宅を引渡す義務を負い、一方、あなたは、売買代金を支払う義務を負います。
しかし、売買契約締結後から建物引渡しまでの間に、地震等の自然災害が発生し、これにより建物が倒壊した場合、売主Aの建物引渡し義務は履行不能となります。
このように、自然災害等の売主・買主の双方に帰責性のない事由によって、売主の建物引渡し義務が履行不能となった場合でも、買主は、代金支払い義務を果たさなければならないのかという問題を危険負担といいます。
(1)改正前民法の危険負担
2020年改正前民法(以下「改正前民法」)の規定では、特定物売買契約において、売主の建物引渡し義務が自然災害によって消滅した場合でも、買主の代金支払い義務は存続し、建物引渡し請求権を持つ買主(債権者)が危険を負担する旨の債権者主義の規定を設けていました(改正前民法534条1項)。
しかし、債権者主義の規定によると、買主(債権者)は、建物の引渡しが受けられないのにも関わらず、売買代金を支払わなければならず、買主(債権者)に一方的に酷な結果となるとの批判がありました。そのため、不動産取引の実務では、「建物引渡しまでの間の危険は売主が負う」との特約条項により、自然災害等によって売主の建物引渡し義務が履行不能となった場合には、買主の代金支払い義務は消滅させる旨の規定を設け、契約当事者間の公平を図っていました。
(2)履行拒絶権
前記の批判を受け、2020年民法改正(2020年4月1日施行)では、債権者主義の規定を削除し、「当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務を履行することが出来なくなったときは、債権者は、反対給付の履行を拒むことができる」とし、債権者に反対給付の履行拒否権を付与する規定が設けられました(民法536条1項)。
これにより、買主(債権者)は、建物引渡し債務の履行不能を理由として、売買代金支払い義務を拒むことが出来ます。
(3)契約解除
また、改正前民法では、履行不能による契約解除の場合にも、債務者の帰責性が必要とされてきましたが、2020年民法改正により、債務者の帰責性の要件は不要とされました(民法542条1項)。これにより、買主(債権者)は、自然災害による売主の建物引渡し義務の履行不能の場合にも売買契約を解除することが出来ます。
これらの2020年改正民法の規定は、改正民法施行日(2020年4月1日)以降に締結された契約に適用されます。
2 本件の場合
本件売買契約は、2023年6月に結ばれたものであり、2020年改正民法が適用されます。したがって、改正民法の規定によると、あなたは、建物の倒壊を理由として、売買代金の支払いを拒むことができます。また、売買契約を解除することもできます。
但し、これらの規定は任意規定であり、これと異なる特約を行った場合には、特約の内容が優先されます。まずは、売買契約において、危険負担についてどのような定めがあるのか確認する必要があります。
3 まとめ
不動産売買は、売買契約締結後から不動産の引渡しまでに相当の期間があることが少なくありません。近年、集中豪雨、土砂災害等の自然災害が増加しており、不動産の所在地、築年数等によっては、引渡しまでの間の自然災害による滅失、倒壊等の危険も考慮する必要があります。売買契約締結の際には、危険負担条項の定めに留意する必要があるでしょう。