不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
法令上の制限が隠れた瑕疵となる売買(売主の瑕疵担保責任 その3)
Q
私は、15年前に仲介業者Aの仲介を受け、売主Bから、中古建物と敷地の土地を購入し、これまで自宅として使用してきました。
この度、新たなマンションを購入したため、建物と土地を売却したのですが、売却の際に、私の所有していた土地の一部は位置指定道路となっていたことが発覚しました。
そのため、敷地面積から想定された通常の土地の価格よりも安い価格で売却せざるを得なくなりました。
私が、15年前にこの土地を購入した際には、仲介業者Aや売主Bから、敷地の一部が位置指道路であるとの説明は一切ありませんでしたし、売買契約書や重要事項証明書にもそのような記載はありませんでした。
私は、購入した土地に何ら法律上の制限など無い通常の敷地であると思い、本件土地建物を購入したので、15年経過し、このような事実が明らかとなり大変驚いています。
私は、土地の一部が位置指定道路となっていることにより、通常の土地よりも売却価格を減額せざるをえなくなった分の損害について、売主Bや仲介業者Aに責任追及できるでしょうか。15年前の売買契約書によると、売主の瑕疵担保責任について、特別の記載はありません。
また、そもそも位置指定道路の含まれた土地とは知っていれば本件土地・建物を購入していません。売買契約自体を白紙に戻すことはできるでしょうか。
A
1.売主Bに瑕疵担保責任の追及
あなたは、本件土地の一部が位置指定道路であることについて、売買契約当時に知らされていなかったので、本来は、売主の瑕疵担保責任が生じる「隠れた瑕疵」が存在したことになり、売主Bに対して瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求をすることができます。
しかし、民法上の瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権は、売買目的物の引渡しから10年経過すると時効により消滅し、責任追求できなくなります。したがって、本件では、土地建物の引き渡しから10年以上経過しているため、残念ながら、瑕疵担保責任の追求はできません。
2.仲介業者Aに債務不履行責任及び不法行為に基づく損害賠償を請求
仲介業者Aが本件土地の位置指定道路に関する説明を行っていない場合には、媒介契約の債務不履行責任として損害賠償を請求することができます。
しかし、債務不履行責任に基づく損害賠償責任も、本来の債務を請求できる時から10年で時効消滅し、責任追及できなくなります。したがって、本件では、売買契約から15年を経過しているため、債務不履行責任に基づく損害賠償請求をすることもできません。
但し、仲介業者Aの説明義務違反行為が不法行為に該当する場合には、不法行為に基づく損害賠償請求権は、被害者が損害及び加害者を知った時から3年間、又は、不法行為の時から20年間は責任追求可能なため、不法行為に基づく損害賠償請求をすることができるかもしれません。
3.錯誤による売買契約の無効
本件売買契約が錯誤無効の要件である「意思表示の要素に錯誤があったとき」(民法95条)に該当する場合には、錯誤無効の主張により、売買契約を白紙に戻すことができる可能性があります。
この錯誤無効の主張には、現行法上、消滅時効がないため、売買から15年経過した時点でも主張可能です。
解説
1.位置指定道路
本件土地の一部に含まれる位置指定道路とは、建築基準法上の接道義務を満たしていない土地を建物の敷地として利用するため、私有地の一部を建築基準法上の道路とみなす行政処分(道路位置指定)をうけた道路のことをいいます(建築基準法42条1項5号)。
位置指定道路となった土地の所有者は、位置指定の適法な廃止・変更がされない限り、位置指定道路内に建物を建築することができない等の法令上の制限を受けることになります(建築基準法44条、45条)。
したがって、本件土地上に建物を建築するには、位置指定道路との境界線まで後退する必要があり、後退した分だけ、本件土地の敷地面積(建築可能面積)が減少し、建築する建物の規模も縮小せざるを得なくなります。その結果、本件土地の利用価値が減少するのです。
2.売主の瑕疵担保責任(法令上の制限の欠陥)
売買の目的物に「隠れた欠陥」がある場合、売主は、買主に対して、瑕疵担保責任に基づく損害賠償責任を負います(民法570条)。
売主に瑕疵担保責任が発生する「隠れた瑕疵」とは、売買契約当時に買主が想定していた品質を欠いた状態・欠陥をいいます。
この「隠れた瑕疵」には、①建物の構造上の欠陥等の「物理的瑕疵」、②騒音問題や事故物件の等の「心理的・環境的瑕疵」の他に、本件のような③法令上の制限により買主が当初想定していた土地・建物の利用ができない欠陥である「法令上の制限の瑕疵」もあります。
瑕疵担保責任の問題となりうる法令上の制限には、本件のような建築基準法上の位置指定道路の他にも、市街化調整区域や接道義務による建築制限、建ぺい率や容積率、斜線制限、用途地域による制限等、関係法令によって様々な制限があります。
3.瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権の権利行使期間
瑕疵担保責任の期間について約定がない場合、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権は、買主が「瑕疵の事実を知った時から1年以内」に請求しなければ権利行使することができなくなります(除斥期間)。
この除斥期間という制度は、権利関係の早期安定を図るため、瑕疵の事実に気付いてから権利行使できる期間に制限を定めたものです。
但し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求権は、金銭債権ですので、売買目的物の引渡しの時から10年経過すると、時効によって権利が消滅し、請求することができなくなります(判例)。この時効制度は、長期間続いた事実状態を尊重するために、一定期間権利を行使しないと消滅するという民法上の制度です(民法167条)。
4.仲介業者の債務不履行責任及び不法行為責任
仲介業者には、媒介契約に基づく調査・説明義務があり、売買契約締結前までに、調査した内容を重要事項として説明しなければなりません。説明を怠った場合は媒介契約上の債務不履行責任として損害賠償責任が生じます。
但し、債務不履行責任に基づく損害賠償請求権は、本来の債務を履行できる時から10年で時効により消滅します。
なお、民法では、故意・過失により、相手(被害者)の権利を侵害し、損害を与えた者(加害者)は、被害者に対して、不法行為に基づく損害賠償責任を負います(民法709条)。
この不法行為責任に基づく損害賠償請求権の権利行使期間について、「損害及び加害者を知った時から3年間」権利を行使しない時(消滅時効)、または、「不法行為の時から20年」経過すると権利が消滅する(除斥期間)と規定しています(民法724条)。
裁判例では、売主業者や媒介業者の17年前の重要事項の説明義務違反について、不法行為責任を認めた例もあります(千葉地裁・判決平成23年2月17日)。
仲介業者の説明義務違反に故意・過失が認められる場合には、不法行為に基づく損害賠償請求が認められる可能性があります。
5.錯誤による売買契約自体の無効主張
現行民法95条では、「法律行為の要素」に「錯誤」がある場合には、その意思表示自体を原則として無効とする錯誤無効の主張を認めています。但し、錯誤無効の主張は、表意者に重過失がある場合には主張することができません(民法95条但書)。
「錯誤」とは、実際の意思表示(表示上の意思)と真意(内心の意思)に不一致があることをいいます。
錯誤無効の認められる「法律行為の要素」とは、社会通念上、錯誤がなければそのような意思表示をしなかったと認められるような「法律行為の重要部分」をいいます。
また、実際の意思表示(表示上の意思)と真意(内心の意思)は一致しているが、意思表示に至る動機部分について錯誤があるケースでは、「その動機が表示され法律行為の内容となっている場合」には、法律行為の要素に錯誤があったものとして錯誤無効の主張が可能と考えられています(判例)。
本件土地・建物の売買契約では、「本件土地・建物を購入したい」というあなたの真意(内心の意思)と実際の意思表示(表示上の意思)に不一致はありません。しかし、本件土地・建物の購入を決定する過程において、位置指定道路の含まれる土地であるか否かの動機部分についての錯誤(位置指定道路の含まれない土地だと思って購入を決意したが、実際には位置指定道路が含まれていた)があったようですので、その動機部分が表示され、法律行為の内容となっていると認められる場合には、錯誤無効の主張が可能と考えられます。
「動機が表示され法律行為の内容となっている」との判断は、実際に相手に動機を明示的に表示した場合だけでなく、売買契約締結過程における当事者の表示・記載や販売価格等の様々な事情から総合的に、黙示的な表示があったとの判断がされます。
本件売買においては、本件土地の一部の位置指定道路の存在に関して、売主B・媒介業者Aからの説明もなく、売買契約書や重要事項説明書に記載がないようですので、あなたは、本件土地を位置指定道路が存在しない土地であると考えて購入した動機を黙示的に表示したものと考える余地があり、錯誤無効の主張が認められる可能性があります。
錯誤の無効には、現行法上、主張期間に制限はありません。従って、15年経過した現在でも無効の主張が可能な余地があります。しかし、今後、国会で継続審議中の民法(債権法)改正によって、錯誤が取消の対象に変更される可能性もあり、その場合には、追認をすることができる時期から5年、行為の時から20年で取消権が消滅する可能性がありますので注意が必要です。
まとめ
1.購入した土地・建物に、売買契約当時に明らかにされていなかった「法令上の制限」がある場合、売主に対して民法の瑕疵担保責任、仲介業者に対して説明義務の債務不履行責任や不法行為責任や売買契約の無効を問う問題に発展することが考えられます。
2.これらの請求権は、消滅時効や除斥期間によって、権利行使可能な期間が制限されているため、権利行使が可能か否か、迅速な判断が必要です。また、本件のような動機の錯誤の無効主張においては、「動機が法律行為の内容となっている場合」に該当するかどうか慎重に判断する必要があります。法律の専門家に一度ご相談されることをおすすめします。