不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
飛び降り自殺したマンションの売買(売主の瑕疵担保責任 その2)
Q
私は、仲介業者Aの仲介を受けて、売主業者Bから中古のマンションを購入し、生活を始めて半年が過ぎました。最近、隣室の住人から、私の部屋の元の所有者Cが、5年程前に、借金を苦にして、この部屋のベランダから敷地に飛び降り自殺をしていた事実を聞かされ驚きました。なぜなら、私は、仲介業者Aや売主業者Bから、Cの飛び降り自殺の説明を一切受けていなかったからです。
仲介業者Aにその事実を伝え確認を求めたところ、仲介業者Aも、Cの飛び降り自殺を知らなかったようで、売主業者Bに確認をするとの返答でした。その後、仲介業者Aの調査により以下の事実が判りました。
①このマンションは、元の所有者Cが飛び降り自殺後、売主業者Bが競売により取得した。
②売主業者Bは、競売手続の現況調査報告書及び評価書には「事故物件」と記載されていたので、警察に行き「事故」の内容を調査したが、プライバシーの保護の理由から「事故」の原因・種類を教えてもらえなかった。
③その為、売主業者Bは、Cの飛び降り自殺の事実を確認できなかったので、私に説明をしなかった。
しかし、私は、このマンションを飛び降り自殺の事実がない普通の部屋の価格で購入したのであり納得が行きません。
私は、売主業者Bや仲介業者Aに対し、責任追及ができるでしょうか?
売買契約書では、売主の瑕疵担保責任は、引渡から2年間とされています。
A(マンションの心理的な欠陥)
1 回 答
①「5年前に、この部屋の元の所有者Cが、部屋のベランダから飛び降り自殺をしていた」事実が、このマンションの「隠れた瑕疵」に該当する場合には、あなたは、売主業者Bに対し、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求ができます。
②又、仲介業者Aが、Cの飛び降り自殺の事実を知り得た場合には、あなたは、仲介業者Aに対し、媒介契約上の債務不履行責任として損害賠償請求ができます。
2 住宅(戸建、マンション)の特性
住宅は、人が就寝、休息、食事、家族団らんを継続的に行う生活の場ですので、他の建物(事業所、工場、倉庫等)と比較した場合、空間内の「安全性」や「安寧性」の要素がより重視されます。
3 住宅内の「不慮の死」
住宅内で「不慮の死」(自殺、他殺、不自然死等)が生じた場合、一般の人は、住宅内の「安全性」や「安寧性」に著しい不安や不信を感じ、その住宅を忌み嫌う「嫌悪の情」を持ちます。その結果、その住宅の価値は減価すると考えられます。この住宅に生じた「不慮の死」は、住宅内の「嫌悪すべき歴史的背景等」と呼ばれ、住宅の「心理的な欠陥」として住宅の価値を減額します。しかし、その住宅を忌み嫌う「嫌悪の情」は、人の心理的なものであり、時間の経過やその後の取引事情等により、次第に薄らぐことが考えられます。その場合、住宅の「心理的な欠陥」が解消し、住宅の価値も回復します。従って、住宅内の「不慮の死」が「心理的な欠陥」となるのは、その後の時間的経過や取引事情等を総合的に見ても、なお、一般人がその住宅を忌み嫌う状況が存在していると判断される場合です(判例など)。
4 「Cの飛び降り自殺」
Cの自殺は、部屋のベランダからマンションの敷地に飛び降りた「不慮の死」です。部屋の内部の死ではないですが、その部屋を利用した「不慮の死」として、その部屋の内部と同様に考えることができます。又、Cの死亡が、部屋から落下後に搬送された病院の場合も同様です。
Cの自殺は、人に「嫌悪の情」を生じさせる「嫌悪すべき歴史的背景等」として、住宅の「心理的な欠陥」と考えられます。
5 「不慮の死」から5年経過
Cの「不慮の死」から5年経過後、あなたは、この部屋を購入しました。
この部屋の「心理的な欠陥」は、5年の経過で解消したでしょうか? この部屋の隣室の住人は、今でも、Cの「不慮の死」を記憶し、あなたにその事実を告げています。この状況は、隣室の住人ら一般人の「嫌悪の情」が、未だ解消しておらず、この部屋には、「心理的な欠陥」が存在すると考えられます。
6 競売手続の存在
売主Bは、競売でこの部屋を取得し、あなたに売却しました。Bが競売でこの部屋を取得した経緯は、あなたの売買の前に、この部屋について他の取引が存在したことを意味します。
一般的には、この部屋に「心理的な欠陥」が存在することを知りながら売買取引が繰り返される場合、次第に、この部屋の「嫌悪の情」が薄れ、その結果、「心理的な欠陥」が解消されると考えることもできます。しかし、この部屋の従前の取引は、この競売だけです。売主Bは、競売手続の「現況調査報告書」や「評価書」(執行官が作成するこの部屋の現況の調査書、及び、価格評価書)に「事故物件」と記載されていたので、警察で事故内容を調査した経緯がありますが、「Cの飛び降り自殺」を認識した上で買受けたのかは不明です。この競売の最低価格、及び、Bの買受価格が、Cの「不慮の死」を考慮した価格であったのかを検討する必要があるでしょう。
いずれにしても、この競売の事実から、この部屋の「嫌悪の情」が解消し「心理的な欠陥」がないとすることは困難です。
なお、Bが買受けたこの部屋に「心理的な欠陥」が存在するとした場合にも、競売では、「瑕疵担保責任」の規定(後記7参照)が適用されないので注意が必要です(民568条)。
7 売主Bの瑕疵担保責任
この部屋に「Cの飛び降り自殺」という「心理的な欠陥」が存在する場合 この部屋の経済価値は、その分だけ減価しています。しかし、あなたが、この「心理的な欠陥」を知らずに、「売買価格」を決めた場合、「心理的な欠陥」の減価を考慮しない状態で「高い価格」で取引をしたことになります。その場合、あなたには、この減価に相当する損害が生じます。逆に、あなたが、この「心理的な欠陥」を知りながらこの部屋を購入した場合には、「心理的な欠陥」に伴う減価を考慮した取引価格で購入していますので損害は生じません。
この部屋に「隠れた瑕疵」が存在した場合、売主は、買主に対し「瑕疵担保責任」を負担します(民566条、570条)。(「瑕疵担保責任」の詳細は、前回コラム「2016年9月号 目的物に関する重要な事項(売主の瑕疵担保責任 その1)」を参照)従って、あなたは、売主Bに対し、「瑕疵担保責任」に基づき、その損害を請求することができます。売主Bは、この「心理的な欠陥」を知らない場合でも「瑕疵担保責任」を負担することになります。(売主の無過失責任)。
このように売買契約時に、この「心理的な欠陥」が「隠れている」と「瑕疵担保責任」が生じますが、「顕在化」し、買主がその事実を承知の上で売買がされていれば「瑕疵担保責任」は生じません。売主、買主、仲介業者は、共に協力して、この「心理的な欠陥」の「顕在化」に努める必要があります。
なお、売主Bの瑕疵担保責任の期間を部屋の引渡から2年間と制限する特約は、民法、及び、宅建業法上も有効ですので、この期間内に損害賠償請求を行う必要があります。
上記の特約がない場合には、売主Bの瑕疵担保責任の期間は、あなたが「Cの飛び降り自殺」の事実を知った時から1年以内(但し、部屋の引渡から10年以内)となります(民566条、判例)。
8 仲介業者Aの責任
仲介業者Aは、この部屋の様々な事項を調査確認し、重要事項説明書に記載し説明を行う義務を負担しています(業法35条、47条、媒介契約書)。従って、この部屋の「Cの飛び降り自殺」という「心理的な欠陥」の調査は、売主からの適切な情報提供がない場合には、仲介業者Aが、自ら近隣住民やマンション管理人からの聞き取り調査、マスコミ情報の調査、警察の情報確認などを行う必要があります。
仲介業者Aが、調査を行うことにより通常認識が可能で、その調査を怠った場合には、媒介契約上の債務不履行としてあなたの損害を賠償する責任が生じます。
隣室の住人が、あなたにCの「不慮の死」を告げたことからみると、仲介業者Aは、調査により、この部屋の「Cの飛び降り自殺」という「心理的な欠陥」の調査が可能と思われますので、債務不履行責任が生じると考えられます。
≪参考≫管理業者が管理するマンションでは、マンション標準管理委託契約書の改正などにより、仲介業者の聞き取り調査の範囲が広がることが予測されます。
【マンション標準管理委託契約書の改正】
(1)国土交通省は、最近、マンション標準管理委託契約書、及び、同コメントの改正を行いました。
(2)マンション(専有部分)を売却する際に重要事項説明等で必要となる情報について、マンション管理業者が宅建業者から情報提供を依頼された場合に「開示する情報項目」の充実を図りました。
①従前の開示情報
・管理規約
・管理費等の月額、当該組合員の滞納額
・修繕積立金総額、全体滞納額
・修繕の実施状況(専有部分以外)
・アスベスト調査、耐震診断結果
↓
②改正追加された開示情報
・大規模修繕工事の予定
・役員の選任方法、理事会回数等
・管理費等の額の変更予定
・特定の者の管理費等の減免措置の有無
・専有部分使用制限(ペット等)や関連の使用細則条項
・駐車場等の空き状況
・共用部分の損害保険
・管理業者関係
・敷地及び共用部分の事項・事件等
(3)開示の相手方の拡大
宅建業者だけでなく、マンション住人(売却予定者)にも提供する。
(4)開示方法の拡大
書面だけでなく、電磁的方法も可能とする。
(5)マンション内の事件、事故物件等の情報開示のコメント
①マンション内の事件、事故物件等の情報は、売主又は管理組合に確認する。
②管理者は、敷地及び共用部分における重大事故、事件のような個別性が高いものは該当事項ごとに管理組合に開示の可否を確認し、承諾を得た上で開示する。
③「敷地及び共用部分における重大事故、事件に関する情報」は、特定の個人名等が含まれる場合を除き、個人情報保護法の趣旨等に照らしても、提供、開示にあたって特段の配慮が必要となる情報ではない(売主組合員の管理費等などの滞納額を含む)。
9 まとめ
民法には、過去に住人の自殺があったことを知らないで買った場合等の法律関係を、文字通りに定めた規定はありません。
但し、判例では、建物にまつわる嫌悪すべき歴史的背景等に起因する心理的瑕疵も含まれるとしているものがあります。
心理的瑕疵には、自殺、変死、事故死、火事等があげられ、いわゆる「その事実を知っていたら、買わなかった。」とされる事項のことを指しますが、事実が風化している場合等については、必ずしも瑕疵と認定されません。
心理的瑕疵の判例は、個別事情により様々であり、弁護士と相談の上、対応することをお奨めします。