不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
農地売買のトラブル~許可申請協力請求権の消滅時効
設例
私は、5年前に市街化区域にある父の農地(地目は畑)を相続しました。この農地には、父が昭和42年にA社との間で行なった売買を原因とする農地法5条許可を条件とする条件付所有権移転仮登記が設定されています。相続で取得したため、当時の詳しい事情はわかりませんが、生前の父からは、農地の売買をしたが、その後、A社から許可申請の協力要請がなかったので農地法の手続は全く行なっていないと聞いています。最近になって、宅建業者のB社が、この農地を建売用地として購入したいと申し入れてきました。私は、B社に、この農地を売却しても良いのでしょうか?又、その場合、どの様な内容の売買契約になるのでしょうか?
回答
1、農地に設定されているA社の条件付所有権移転仮登記の抹消ができれば、あなたがB社との間で農地の売買契約をすることに問題はないでしょう。
2、本件のあなたは、A社に対し条件付所有権移転仮登記の抹消を請求できると考えられます。なぜなら、あなたは、農地の相続とともに、あなたの父親とA社間の農地の売買契約の「売主の地位」、及び、農地法5条の許可申請に協力する義務を承継しました。その結果、A社は、あなたに対し農地法5条の許可申請手続に協力を求める権利(以下、「許可申請協力請求権」という)を有しています。
しかし、売買契約から50年以上が経過した今日まで、A社は、父親やあなたに対しこの許可申請協力請求権の行使をした事実がなく、あなた方も、協力に応じた事実がありません。従って、A社の許可申請協力請求権は、売買契約成立から10年が経過した時点で消滅時効が完成していると考えられます。従って、あなたが「売主」として消滅時効を援用すれば、A社に対し、条件付所有権移転仮登記の抹消を請求することができるでしょう。
3、昭和43年に都市計画法の改正により、市街化区域と市街化調整区域との「線引き」制度が導入され、昭和45年には農地法の改正により、市街化区域にある農地の転用は、許可から届出へ変更されました。そのため、あなたとB社との農地の売買契約は、農地法第5条1項6号に基づく届出が受理されることを停止条件として締結するか、もしくは受理通知書を得てから契約を締結することとなります。(行政により取り扱いが異なります。)B社が農地を宅地に転用して建売用地とする目的で購入するには、農地法5条に基づく届出(宅地転用)が必要だからです。この売買契約では、あなたは、農地法5条に基づく届出が受理されるようにB社と協力し届出を行う義務を負担し、B社は、あなたに対し農地法5条の届出に協力を求めることができます。
解説
1.農地法の許可申請協力請求権と消滅時効
(1)農地法は、耕作者の地位安定と国内の農業生産の増大という農地法の趣旨のもと、農地や採草放牧地(以下「農地等」という)の耕作目的での所有権移転や権利の設定、転用目的での所有権移転・権利設定等について都道府県知事の許可、又は、農業委員会の許可(以下、総称して「許可等」といいます)を必要としており(農地法3条、4条、5条)、「許可等」が取得できなければ、農地の権利移転等の効力が発生しません。又、「許可等」の申請手続は、農地の売買契約等の当事者が協力し合って連署の上「許可等」の申請書を提出します。
(2)そのため、本件のように昭和40年頃の農地の売買では、「許可等」の取得を停止条件とする売買契約を締結しているケースが見受けられます。そして、売主は、「許可等」の申請手続に協力する契約上の義務を負担し、買主は、「許可等」申請協力請求権を有します。
(3)「許可申請協力請求権」は、農地の所有権移転に伴う請求権ではなく売買契約に伴う債権的請求権とされ、売買契約の締結から10年で消滅時効が完成すると判断されています(最高裁判決昭和50年4月1日)。
本件の場合、売買契約から50年間以上、A社は、父親やあなたに対し「許可申請協力請求権」を行使した事実がなく、又、あなた方も協力に応じた事実もないので、A社の「許可申請協力請求権」は、既に、消滅時効が完成したと考えることができます。なお、「許可申請協力請求権」の消滅時効の主張については、「許可申請協力請求権」が生じた経緯(裁判上の調停の結果等)や農地の占有利用の実態等を考慮した結果、信義則に反し権利濫用とされることもあります(最高裁判決昭和51年5月25日)。慎重な判断が必要でしょう。
(4)あなたが、A社の「許可申請協力請求権」の消滅時効を援用した場合、この農地に関する「許可等」取得が不可能となり、停止条件付売買契約の停止条件の不成就が確定する結果、この農地の売買契約の効力が不発生(無効)となります。従って、あなたは、A社に対し農地売買契約の無効を主張することができます。なお、その場合でも、事前に売買代金等の授受がされていた場合には、その代金の返還等の問題が生じます。
2.条件付所有権移転仮登記
(1)一般的に農地の停止条件付売買契約では、売主と買主は、「許可等」取得の要件が整った状況下で、連名で「許可等」申請手続を行い、その結果、「許可等」を取得します。しかし、「許可等」取得の要件が整うまでに、又は、「許可等」申請手続後、「許可等」の取得までに一定の時間を要する場合があります。その間、当該農地の所有権は売主に帰属しているので買主の地位は不安定です。そこで、売買契約から「許可等」が取得されるまでの間、買主の地位を保全する目的で農地に条件付所有権移転の仮登記を設定するのです。
(2)仮登記は、本登記をするために必要な手続法上の要件又は実体法上の要件が具備していない場合に、将来行われる本登記のために、その順位を保全する予備的な登記です。本登記のような物権変動の対抗力はありませんが、仮登記に基づき本登記に移行した場合、当該本登記の順位は、仮登記の順位に従い、仮登記後に設定された他者の本登記に優先する順位保全効があります。農地の売買では、本登記をするために必要な手続法上の要件(「許可等の取得」)が具備していない場合として、前記のような条件付所有権移転の仮登記を設定するのです。父親とA社は、こうした理由から農地の売買契約に際し条件付所有権移転の仮登記を設定したと思われます。
(3)前記のように、あなたが、A社の「許可申請協力請求権」の消滅時効を援用した場合、農地売買契約が無効となり、条件付所有権移転の仮登記による買主の地位の保全の必要性も消滅します。従って、あなたは、A社に対し条件付所有権移転の仮登記の抹消を請求することができるのです。
まとめ
農地の売買や権利設定等では、通常の宅地の売買と異なり、農地法上の許可等が必要となります。農地法上の許可等は、農地の権利設定や権利移転の法定要件です。これらの許可等の取得により、農地の権利設定や権利移転の効果が生じます。許可等が取得できない場合、農地の売買契約や権利設定契約が無効となります。従って、農地の売買や権利設定を検討する際には、必ず、当該農地の取引に必要とされる農地法上の「許可等」の要件が充足できる環境下にあるか否かを確認して行うことが大切です。