不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
購入した住宅で擁壁のトラブル
Q
私は、不動産業者の仲介で、売主から住宅を購入しました。この住宅は、築10年の戸建で、急な勾配の傾斜面にある為、敷地は、盛土により水平な地盤面となっています。擁壁下の隣地との間に高低差があり、境界線に沿って高さ6m、横幅15メートルの擁壁が設置されていました。
ところが、この住宅購入の1ヶ月後に大規模な台風が来襲し、暴風雨によって、この擁壁の一部が崩壊し、敷地の土砂が、擁壁下の隣地へ流れ込み、住宅の一部を損壊させてしまいました。私は、台風発生当時、購入した住宅に転居していなかった為、擁壁の崩壊以外の被害はありませんでした。また、相当激しい台風であったにもかかわらず、同様な傾斜地にある周りの住宅には、擁壁の崩壊の被害が発生していません。もしかすると、購入した住宅の擁壁には、欠陥があったのかもしれませんが、売主や不動産業者から、擁壁の状態の説明を受けていませんので不明です。
私は、敷地の擁壁の崩壊が発生した時に、購入した住宅に住んでいなかったのですが、敷地の擁壁の崩壊に伴う隣家の被害を賠償する責任があるのでしょうか?又、私は、売主や不動産業者に対し、敷地の擁壁の崩壊について責任追及ができるでしょうか?
A
あなたが、敷地の擁壁の崩壊に伴う隣家の被害について賠償責任があるか否かは、擁壁の崩壊した原因が、擁壁の設置・保存の瑕疵によるものか、又は、台風の暴風雨による災害(自然災害)によるものかにより結論が異なります。
もし、前者の場合には、たとえ、あなたが、住宅に住んでいなかったとしても、民法上の工作物責任に基づき、隣家の被害を賠償しなければならないでしょう(民法717条1項)。しかし、後者の場合には、擁壁の崩壊が天災による不可抗力となり、隣家の被害を賠償する責任がありません。
また、擁壁の設置・保存の瑕疵が、売買契約時に存在していた場合、あなたは、売主に対して瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求できる可能性があります。また、不動産業者がこうした擁壁の状態の調査・説明を怠った場合は、仲介契約上の債務不履行責任に基づく損害賠償を請求できる可能性もあります。
解説
1.工作物責任
土地の「工作物」の設置または保存に瑕疵があることにより他人に損害を与えた場合には、先ず、その工作物の「占有者」がその損害を賠償する責任を負担します。しかし、「占有者」が損害の発生を防止するに必要な注意を果たしていた場合には、「占有者」の責任が免責され、その工作物の「所有者」がその損害を賠償する責任を負担します(民法717条1項)。
(1)工作物
この「工作物」とは、土地に接着して、人工的に築造された物、及び、これと一体をなすものをいいます。
土地上に設置された塀、トンネル、高圧線、建物、建物に設置されたエスカレーター等が該当します。本件敷地の擁壁も「工作物」に該当します。
(2)設置または保存の瑕疵
「設置または保存に瑕疵がある」とは、設置行為自体に、または、設置後の保存管理状態に問題があったために、その工作物が通常備えているべき耐力強度や安全性を欠いていることをいいます。
したがって、本件の擁壁が、施行工事自体の問題、または、設置後に適切な補修・点検等を行わず保存管理状態に問題があることにより、本来備えるべき耐力強度を欠いた結果、この台風の暴風雨の影響を受けて崩壊したという場合には、「設置または保存に瑕疵がある」場合に該当すると考えられます。
しかし、本件の擁壁が、設置や保存管理状態に問題はなく、通常の耐力強度を備えていたにもかかわらず、想定を超える異常な暴風雨によって崩壊した場合には、自然災害による不可抗力であり、「設置または保存に瑕疵がある」場合に該当しないと考えられます。
本件の場合、相当激しい台風による暴風雨にもかかわらず、周辺の住宅の擁壁には、同様の被害が見られなかったことからすると、あなたの住宅の擁壁に問題が存在し「設置または保存に瑕疵」があった可能性が高いと考えられます。
(3)工作物責任(占有者・所有者)
工作物による被害の賠償責任は、先ず、その工作物の「占有者」が負担します。しかし、その「占有者」が損害の発生を防止するために必要な注意を果たしていた場合には、「占有者」の責任が免責され、代わって「所有者」が責任を負います。この場合の「所有者」の責任は過失の有無にかかわらず責任を負う無過失責任と考えられています。これは、「損害を与える危険性を有する工作物を事実上管理支配し、瑕疵がある場合には修補すべき立場にある者が、この工作物から生じた損害を賠償すべきである」との考え方に基づくものです(危険責任の法理)。
そのため、工作物の「占有者」とは、「工作物を事実上支配し、瑕疵を修補して損害の発生を防止することができる関係にあるもの」と考えられています(東京高裁昭和29年9月30日)。このように、裁判例では、工作物を物理的に占有しているか否かだけではなく、管理支配の有無、瑕疵修補権限の有無等から、総合的に「占有者」に該当するか否かを判断しています。
あなたは、本件擁壁の崩壊時、未だ本件住宅に居住していませんでしたが、本件住宅の所有者として擁壁を管理支配し、必要な修補を行なう権限を有する立場にいたのであり、この「占有者」に該当すると考えられます。従って、あなたは、被害者である隣家の損害を賠償する責任があるでしょう。
2.売主・不動産業者への責任追及
(1)売主の責任
あなたの住宅の擁壁に問題が存在し「設置または保存に瑕疵」があった場合、本件の売買契約の目的物である住宅敷地の擁壁に隠れた欠陥(瑕疵)が存在していた可能性が考えられます。その場合、あなたは、売主に対して、瑕疵担保責任に基づく損害賠償を請求することができます。その場合の損害は、擁壁の補修に必要な費用、及び、隣家に賠償した賠償費用が考えられます。
(2)不動産業者の責任
不動産業者は、本件売買契約の目的物である住宅、及び、敷地や擁壁に欠陥が存在してないかを調査・確認し、あなたに報告(説明)する責任があります(仲介契約上の調査・説明義務、重要事項の説明義務、重要な事実の告知義務)。
敷地の軟弱性、擁壁の維持管理状態、土砂災害警戒区域等の該当性、更には、当該地域における過去の自然災害の有無等についても調査を求められます。
本件の不動産業者が、これらの調査・確認義務を怠っていた場合には、あなたは、不動産業者に対し、調査・説明義務の債務不履行に基づく損害賠償を請求することができるでしょう。
まとめ
土地の工作物の占有者・所有者は、工作物の瑕疵によって他人に生じた損害を賠償する責任を負います。前記のとおり、所有者は過失の有無に関わらず責任を負う無過失責任という重い責任を負います。
設例のように、工作物の所有者となってまだ間がなく、工作物の設置や維持管理自体に全く関与していない場合にも、被害者との関係では、重い賠償責任を負わなければなりません。特に、近年では、想定を超える豪雨等の自然災害をきっかけとした被害が多く発生しています。購入する不動産に被害を与える危険性の高い工作物がないか、また、それらの維持管理状況について、十分に調査した上で購入する必要があります。
擁壁については、宅地造成の前後関係、造成の方法(盛土か切土か等)、所有者の取得経緯、検査済証の有無、老朽化・劣化・風化(クラック・撓み等)の確認が重要です。