不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
通行地役権のトラブル(通行地役権の時効取得)
Q
私は、現在、6年前に亡父Aから相続した家に居住しています。相続した家の土地は、約50年前に亡父Aが購入し、西側道路に細い通路で通じていますが、幅員も狭く勾配が急で危険なため、亡父Aが本件土地を購入した直後から、北側にある公道に出るために、本件土地と隣地甲との間にある脇道を一般の道路と信じて通行してきました。当時の脇道は、幅員が1m弱程度で、整地されていない砂利道だったので、購入直後に亡父Aが全額費用を負担して、幅員を1.5mに拡幅し、コンクリート舗装をする工事を行いました。その当時から最近まで、この脇道の通行について、誰からも文句を言われたことはありませんでした。
ところが、最近になって、隣地甲の所有者が亡くなり、隣地甲を相続したというBさんが、この脇道は隣地甲の一部であり自分の所有地なので通行させないと主張し、脇道にポールを設置して、通行を妨害するようになりました。私は、これまでのように脇道を通行することはできないのでしょうか。
A
通行地役権の時効取得
あなたのお父さん(以下Aさん)は、本件通路の通行地役権を時効取得している可能性があります。Aさんが通行地役権を時効取得している場合には、あなたは、相続によりAさんの通行地役権を取得しているので、これまで通り、通路を通行することができます。
また、通行地役権に基づく妨害排除請求権に基づきポールの撤去を要求できます。
解説
1.通行地役権
地役権は、自己の土地(要役地)の便宜のために、他人の土地(承役地)を 契約で定めた目的に従い利用する権利です(民法280条)。この場合、要役地の所有者を地役権者、承役地の所有者を地役権設定者といいます。
この目的が、本件のように承役地を通行することができる権利の場合を通行地役権といいます。
通行地役権は、原則として 契約で設定しますが、賃借権などの債権と異なり、その土地を直接支配する(用益)物権です。しかし、通行地役権者(要役地の所有者)だけでなく、通行地役権設定者(承役地の所有者)も承役地を通行することができるので、通行地役権の設定にあたっては、通行形態等に関する調整や取り決めが必要になります。
なお、前回のコラム(2017年4月号 公道への通行権のトラブル(借地権者の囲繞地通行権))の囲繞地通行権は、当該土地が公道に通じない袋地であることが要件でしたが、地役権は袋地に限らず、どのような土地にでも設定することが可能です。
したがって、本件のように、他に公道に通じる通路がある場合にも、通行地役権を設定することは可能です。
2.通行地役権の時効取得
通行地役権を設定するためには、原則として、要役地と承役地の双方の所有者の間の合意が必要になります。この合意には、文書による明示的な合意が望ましいのですが、口頭の合意でも可能であり、また、土地取得の経緯や長年の通行状況等の特別な事情から黙示的な合意が認められる場合もあります。また、通行地役権も(用益)物権ですので、本件のケースのように時効によって取得できる場合もあります。
通行地役権を時効取得するためには、要役地の所有者が自己のためにする意思(通行地役権に基づく通行をする意思)をもって、平穏(暴力や強迫によらず)かつ公然(隠蔽せずに)に承役地を通行し、通行の開始当時に通行地役権の存在について、善意・無過失の場合には10年間、悪意の場合には20年間、「継続的」に、かつ、外形上認識することができる状態で通行する場合に限り、時効取得が認められています(民法283条、163条、162条)。
しかも、この「継続的」に行使するとの要素には、要役地の所有者が自ら承役地に通路を開設したことが必要と考えられています(最高裁平成6年12月16日判決)。これは、通行地役権は、通行の時に限られて使用される断続的で不継続な使用形態にすぎないため、時効取得という強力な権限が認められるためには、通路の開設という恒久的な形態での使用開始という要件が必要と考えられているからです。
本件では、Aさんは、自らの費用で脇道を整備・拡幅する工事を行って通路を開設し、20年以上の期間、通行地役権に基づく通行する意思をもって、通行しているようですので、通行地役権を時効取得している可能性があります。
また、通行地役権も財産権の一つですので、相続により、相続人に承継されます。本件で、あなたは、本件土地の所有権を相続によりAさんから取得していますので、それに伴い、通行地役権も取得しています(民法281条1項)。
3.通行地役権の対抗要件
通行地役権は(用益)物権ですので、この通行地役権を通行地役権設定者以外の「第三者」に対抗するためには、原則として、通行地役権の登記が必要になります(民法177条)。本件では、時効による通行地役権の取得ですから、この通行地役権の登記がありません。
しかし、Bさんは、あなた(又は、その先代)の通行地役権の時効取得が成立した後に、隣地甲(承役地)を相続した包括承継人なので、登記によらなければ対抗できない「第三者」には該当しません。よって、あなたは、通行地役権の登記を具備していなくとも、Bさんに通行地役権を主張して脇道を通行することができます。
もっとも、今後、Bさんが隣地甲(承役地)を売却した場合には、通行地役権の存在を知らずに隣地甲(承役地)を取得した新たな所有者に通行地役権を対抗するには、通行地役権の登記を具備する必要が生じます。
4.通行地役権に基づく妨害排除請求
通行地役権は(用益)物権ですので、Bさんが隣地甲(承役地)である脇道に設置したポールを撤去しない場合には、通行地役権に基づく妨害排除請求権に基づき、ポールの撤去を要求することができます。
まとめ
古くから使用されてきた土地で相続が生じた場合、先代の当時の人間関係の中で、文書によらず、口頭や黙示的な合意によって通行地役権等の通行権が設定され、長年使用されてきたが、相続によって代が変わると、曖昧な契約関係が元でトラブルになることがよくあります。通行地役権の黙示的な合意や時効取得が認められるケースかどうか、また、再建築は可能かどうかは、事案ごとの詳細な検討が必要になりますので、専門家にご相談ください。