

不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
マンションの免震部材の法令適合性に関する錯誤
【Q】
昨年、新築高層マンションの一室を購入しましたが、最近になり、本件マンションの免震部材として設置された免震オイルダンパーが建築基準法等に違反する疑いがあることが判明しました。問題発覚後、売主は、自ら本件免震オイルダンパーを大臣認定基準に適合する新品の免震オイルダンパーに交換した結果、マンションの安全性・耐震性に問題はないとされています。
しかし、本物件の販売パンフレットには、「免震×ハイブリッド制振構造」であり、「免震部材のひとつとしてオイルダンパーが設置されており、極めて稀に発生する地震(震度6強 から7程度)に対し過度な損傷を生じさせない構造体である」との免震性能に関する記載がありました。私は、この記載を見て、本物件の安全性・耐震性に問題がない高層マンションであると誤信して、本物件の購入を決意したので、売買契約を動機の錯誤により取り消したいと考えています。私は本物件の売買契約を取り消すことはできるでしょうか。
【回答】
一般的に建物売買契約の条項では、建物の欠陥性については契約不適合責任やアフターサービス条項によって解決すべきことが想定されており、欠陥による毀損の程度が甚大で修復に多額の費用を要する場合に限り解除権が発生する旨の条項が存在しています。あなたの売買契約条項でも、安全性・耐震性に関する欠陥について同様の趣旨の条項がある場合には、この欠陥の問題については、契約不適合責任やアフターサービスによって解決することが相当であり、社会通念上著しく困難な甚大な欠陥に限って契約の効力を否定すること(取消し)を認めているものと考えられます。
あなたのマンションは、既に、売主の契約不適合責任に基づく修復工事により安全性・耐震性に問題がないマンションとなっています。こうした状況下では、あなたに「動機の錯誤」があったことは認められますが、その錯誤が「本件売買契約の要素の錯誤(法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らし重要なもの)」とまでは評価できず、錯誤による取消しの主張は認められない可能性があります。
1 売買契約における動機の錯誤
(1)本件売買契約は、パンフレットに免震性能に関する記載がされており、耐震性に優れた安全な高層マンションであることを前提に行われました。従って、あなたの本件マンション購入の動機に誤解があったことは事実です。あなたの誤解を「動機の錯誤」といいます。
民法は「動機の錯誤」を理由に売買契約を取り消すためには、①「動機が表示され法律行為の基礎となっていること」、かつ、②「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らし重要なものであるときは取り消すことができる」と規定しています(民法95条1項、2項)。但し、錯誤が表意者の重大な過失によるものであるときは、取り消すことができません(民法95条3項)。
なお、改正前民法95条では、「意思表示は、法律行為の要素に錯誤があったときは、無効とする」と規定し、また「動機の錯誤」は、動機を表示する必要があると解釈されていました。2020年民法改正により、上記要件①及び要件②の通りに条文に明記され、更に、意思表示の錯誤の効果が「無効」から「取消し」に改められました。
従って、あなたが「動機の錯誤」を理由に本件売買契約の取り消しを行うには、上記要件①及び②に該当する必要があります。
要件①については、本件売買契約が、新築マンションの売買であり、また、パンフレットに免震性能に関する記載がされていたことから、売主と買主間で、耐震性に優れた安全な高層マンションであることを当然の前提として取引されていたと考えられますので、「あなたの購入の動機が表示され法律行為の基礎となっていた」と認めることができると考えられます。
一方、要件②については、既に、売主が本件売買契約の契約不適合責任に基づき修復工事を行った事により安全性・耐震性に問題がないマンションとなり容易に解決している状況を見ると「その錯誤が法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らし重要なものである」とまでは評価されず、「動機の錯誤」による取消しが認められるかについては疑問が残ります。
2 裁判例
東京地裁令和4年3月29日判決では、本件設例と同様に、マンションに免震部材として設置されていた免震オイルダンパーに建築基準法等違反の疑いがあることが判明したことから、買主は、動機の錯誤に基づき締結された売買契約は無効である等と主張して、売主に対して、不当利得に基づき売買代金等の返還請求を行いました。なお、同裁判例は、旧民法が適用される事案のため、買主は錯誤による無効を主張しました。
同裁判例では、「動機の錯誤」であるダンパーの法定適合性に関する錯誤が「法律行為の要素」の錯誤に該当するかについて、下記の判断を示しています。
動機の錯誤により売買契約を無効とする要件として「意思表示における動機の錯誤」が「法律行為の要素」に錯誤があるものとしてその無効を来すためには、①その動機が相手方に表示されて、②「法律行為の内容」となり、もし錯誤がなかったならば表意者がその意思表示をしなかったであろうと認められる場合であることを要する。そして、動機は、たとえそれが表示されても、当事者の意思解釈上、それが「法律行為の内容」とされたものと認められない限り、表意者の意思表示に要素の錯誤はないと解するのが相当である」(最高裁平成28年1月12日判決)との判断を示しました。
そして、要件①「動機の表示」について「パンフレット等に免震性能に関する記載があること、また、一般に、建物の売買契約では建築物の安全性確保を目的とする法令に適合した物件であることを所与の目的として販売されることが取引通念と解されるとして、前記動機が黙示的に表示されていたものと認めることができる」と該当性を認める判断をしました。
一方、要件②「法律行為の内容となっていたか」については、本件売買契約条項を具体的に検討の上、本件売買契約条項では、被告が隠れた瑕疵について瑕疵担保責任を負うこと、アフターサービスによる対応を行うこと、瑕疵による毀損の程度が甚大で修復に多額の費用を要すると被告が認めた場合に解除権が発生するとの定めを置いていることから、「本件マンションに用いられた部材等に法令適合性の疑義が判明した場合に、一律に本件売買契約の効力を否定することまでを共通の前提として、同契約を締結したとはいえず、原告及被告は、瑕疵担保責任やアフターサービスによって対応することが社会通念上著しく困難であることが認められる甚大な瑕疵が存在することが事後的に判明した場合に限って契約の効力を否定することを想定して本件売買契約を締結したものと解される」とし、「本件マンションの竣工後に、本件ダンパー全部につき交換工事が行われ、それにより、上記疑義が完全に解消されたことが認められ」、「本件ダンパーに係る瑕疵は瑕疵担保責任やアフターサービスによって対応することが可能であり、社会通念上著しく困難であると認められる甚大な瑕疵であったとはいえない」として、「本件ダンパーに建築基準法等の適合性につき疑義がないとの動機は、売買契約の内容になっていたとはいえない」と要件②の該当性を否定し、原告の請求を棄却しました。
3 本件設例
前記裁判例の判断を前提とすると、あなたの売買契約条項でも、安全性・耐震性に関する欠陥について同様の趣旨の条項がある場合には、この欠陥の問題については、契約不適合責任やアフターサービスによって解決することが相当であり、社会通念上著しく困難な甚大な欠陥に限って契約の効力を否定することを認めているものと考えられます。あなたのマンションは、既に、売主の契約不適合責任に基づく修復工事により安全性・耐震性に問題がないマンションとなっています。こうした状況下では、あなたの錯誤による取消の主張は、「動機の錯誤」の事実は認められても、その錯誤が「本件売買契約の要素の錯誤(法律行為の目的及び取引上の社会通念に照らし重要なもの)」とは評価できず、錯誤による取消しの主張は認められない可能性があります。
4 まとめ
一般的な建物等売買契約では、建物等の目的物に欠陥が存在した場合の対応策として契約不適合責任(瑕疵担保責任)の条項やアフターサービスを規定しています。従って建物等に欠陥が存在し紛争が生じた場合には、先ず、これらの条項による解決を図るべきか、又は、本件設例のように根本的な契約解消(解除)を求めるべきかを検討する必要があります、その場合には、契約当事者間がこの条項を規定した趣旨が如何なるものかを踏まえ、売買契約は売主と買主の合意により成立するものであり、共に、合意契約の存続を望んでいるのか、それとも、契約の解消もやむを得ないと考えているのかを検討しながら解決の方向性を模索する必要があると考えます。
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