不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
不動産売買におけるクーリングオフ
Q
私は、約2週間前に、不動産業者(宅建業者)Xから投資用マンションの売買の勧誘電話を受けました。格安な物件で、是非直接物件の説明をしたいので自宅を訪問させてほしいと執拗に求められたため、仕方なく訪問を承諾し、数日後に私の自宅で担当者Aに会いました。
Aは、近隣駅にある投資用マンションを紹介し、駅から近く、立地が良いので賃料が下がることはない、数年後には賃料相場や物件価格が確実に上昇し、将来的に安定収入が見込めるため年金の補完になる、この場で契約をしてもらえれば、大幅に値引きできるとの説明であったため、私はその説明を信じ、その場で売買契約を締結し、売買価格の1割の手付金を支払いました。
しかし、契約から2日が経過し、冷静になってみると、現在の収入では、この投資用マンションの売買契約の残金の支払いを行なうことは難しく、売買契約を解除したいと思っています。
私は、売買契約を解除できるでしょうか。
契約を解除した場合、支払った手付金は戻ってくるでしょうか。
A
本件売買契約は、契約締結から未だ2日経過したところで、8日間のクーリングオフの行使期間内なので、クーリングオフによって売買契約を解除できる可能性があります。クーリングオフによって売買契約を解除した場合、契約は遡及的に消滅するため、Xに対して手付金の返還を請求することができます。
クーリングオフによる契約解除ができない場合には、後述のとおり、消費者契約法上の取消や手付金放棄による解除の可否を検討することになります。
解説
1.クーリングオフ
私たちは、日々の生活の中で、様々な商品やサービスを購入する際に、販売業者との間で、売買契約などを締結します。一旦、契約を締結すると、購入者は契約で約束した債務を履行する義務を負い、原則として、販売業者の債務不履行等の解除事由がない限り、一方的に契約を解除することはできません。
しかし、購入者が、販売業者からの強引な訪問販売や電話勧誘を受け、断りきれずに契約を締結してしまい、トラブルに発展するケースも少なくないことから、そうした購入者が、一定の要件のもとで、一方的に契約を無条件で解除することができるクーリングオフ制度が認められています。クーリングオフの要件は、契約形態ごとに各法律に規定されており、宅地建物の売買契約についても、宅建業法において、クーリングオフ制度が認められています(宅建業法37条の2)。
2.宅地建物の売買契約におけるクーリングオフ
宅建業法37条の2では、一般的に専門知識や取引経験に乏しい非宅建業者である買主が、売主宅建業者の強引な勧誘等により、購入意思が不安定なまま買受けの申込みや売買契約を締結した場合、クーリングオフ制度により下記の(1)要件のもとで申込みの撤回や契約解除を行うことができる旨を定めています。
(1)要件
①売主宅建業者、買主非宅建業者間の宅地又は建物の売買契約
クーリングオフ制度は、売主が宅建業者かつ買主が非宅建業者の売買にのみ適用され、宅建業者相互間の売買や非宅建業者間の売買には、適用がありません。また、買主は、非宅建業者であればよく、個人や株式会社等の法人にも適用があります。
②宅建業者の事務所等以外の場所での申込みや契約締結
買受けの申込みや契約の締結が、宅建業者の事務所やこれに準ずるような専任の宅地建物取引士を置くべき場所で行なわれた場合には、適正な営業行為が行われ、正常で安定的な購入意思が期待できるため、クーリングオフの適用はありません。
一方で、喫茶店やファミリーレストラン等の宅建業者の事務所等以外の場所の場合には、買主が冷静な判断を欠き、不安定な購入意思が形成されやすいため、クーリングオフが適用されます。
買主の自宅又は勤務先は、宅建業者の事務所等以外の場所ですが、買主が自ら希望して自宅又は勤務先を申込みや契約締結場所として申し出た場合に限り、その買主の購入意思は安定的であると考えられるので、クーリングオフの適用はありません。
しかし、売主宅建業者が勧誘電話において自宅訪問を要望し、顧客の自宅において売買契約を締結した場合には、訪問販売と同様の特異な状況下と考えられるので、クーリングオフが適用されます。
③クーリングオフの行使期間は、契約解除等の方法について告げられた日から起算して8日以内
クーリングオフによる買受けの申込みの撤回や契約解除の行使期間は、売主宅建業者が買受けの申込みをした者又は買主(以下「買主等」という)に対して、買受けの申込みの撤回又は契約解除(以下「契約解除等」という)を行うことができる旨及びその方法について所定事項を記載した書面(以下「クーリングオフの告知書」という)を交付して告知した場合には、買主等が告知を受けた日から起算して8日間に限り認められます。なお、この8日間が経過した場合には、このクーリングオフの適用はありませんが、民法や消費者契約法に基づく申込みの撤回又は契約の解除を検討する余地は存在します。
売主宅建業者がクーリングオフの告知書を交付して告知していない場合には、いつまでもクーリングオフによる契約解除等をすることができます。ただし、買主等が宅地又は建物の引渡しを受け、かつ、その代金の全部を支払ったときは、履行関係が全て終了しているため、取引安全の観点から、クーリングオフによる契約解除等をすることはできません。
④書面による買受けの申込みの撤回又は売買契約の解除
クーリングオフによる申込みの撤回や契約解除は、その意思を明確にするため、書面により行うことが必要です。
(2)効果
クーリングオフは、買主に、一定期間に限り、無条件で契約解除等を認めるものなので、契約解除等によって売主宅建業者に損害が発生したとしても、買主に対して、損害賠償又は違約金の請求をすることはできません。これに反する特約は、買主に不利なものとして無効となります。
また、クーリングオフによる契約解除等は、その書面を発したときに効力が生じ、売買契約等は遡及的に効力を失います。そのため、契約申込金、手付金その他金銭を受領していた売主宅建業者は、速やかにそれらの金銭を買主等に対して返還しなければなりません。
なお、媒介業者との間で媒介契約を締結していた場合には、売買契約が遡及的に効力を失い、媒介報酬権も発生しないため、媒介業者は受領した媒介報酬を返還する必要があります。
3.本件売買契約の場合
(1)クーリングオフによる契約解除
本件売買契約は、Xとあなたとの間で、Xの要望により、あなたの自宅において締結された契約であるため、クーリングオフが適用されます。売買契約から未だ2日間経過したところなので、「クーリングオフの告知書」による告知の有無にかかわらず、クーリングオフの行使期間内であり、クーリングオフによって契約を解除できる可能性があります。
クーリングオフによる契約解除の場合には、契約が遡及的に消滅するため、あなたは、Xに対して、手付金の返還を求めることができます。
(2)消費者契約法上の解除等
仮に、クーリングオフによる契約解除ができない場合には、消費者契約法上の取り消しや、詐欺や錯誤、手付放棄による解除等を検討することになります。
①消費者契約法の取消
本件の契約は、売主が事業者である宅建業者、買主が消費者(個人)のあなたの売買契約ですので消費者契約法上の消費者契約に該当します。
消費者契約法では、売主の事業者が買主である消費者に対し将来における変動が不確定な事実について断定的判断の提供をする不当な勧誘行為により、買主が当該断定的判断の内容を誤信し、契約の意思表示を行った場合に、買主に売買契約の取消し権を認めています(消費者契約法4条1項)。
本件におけるXのあなたに対する断定的な判断の提供による不適切な勧誘行為が、消費者契約法上の不当勧誘行為に該当する場合には、あなたは、消費者契約法に基づき契約を取り消すことができる可能性があります。
消費者契約法上の取消権を行使した場合は、売買契約は遡及的に消滅するため、あなたは、手付金の返還を求めることができます。
この消費者契約法上の取消権は、追認できるときから1年間行使しないとき、又は、契約締結のときから5年経過したときは、時効によって消滅します。
なお、Xによるこうした断定的判断の提供行為は、宅建業法においても禁止されており、1年以内の業務停止の行政処分の対象になります(宅建業法47条の2、同法65条)。
②詐欺、錯誤、手付解除
消費者契約上の取消権の行使も難しい場合には、Xの不適切な断定的判断の提供行為について、民法上の詐欺の取消しや錯誤無効の該当性を検討する余地もありますが、一般的に該当性を認めることは難しいと考えられます。そうした場合には、Xが履行に着手する前であれば、手付金放棄による契約解除を検討すべきでしょう。
まとめ
不動産取引は、「宅建業者の事務所等」で行なうのが理想ですが、取引金融機関、買主の自宅、モデルルームや喫茶店等様々な場所で行われる可能性があります。宅建業法におけるクーリングオフ制度は、買受けの申込み又は契約締結が「宅建業者の事務所等」以外の場所で行なわれた場合に適用されます。従って、取引が「宅建業者の事務所等」以外の場所で行なわれた場合、売主宅建業者は、買主に対し、必ずクーリングオフの告知を行なう必要があります。
又、買主も、自分が締結する売買契約が、クーリングオフの対象となるのか、クーリングオフの行使期間、行使方法等をきちんと確認した上で契約を締結し、クーリングオフの期間中に、再度、冷静な判断を行い、撤回や解除を速やかに決断すべきです。