不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
擁壁が越境した土地の売却に関するトラブル
【Q】
私は、売主Aから土地付建物(中古)を購入しました。本件土地と隣地との間には、隣地所有者Bが設置した塀がありますが、その塀が、本件土地に30センチほど越境していることが土地付建物(中古)の引渡後に発覚しました。売買契約締結の際に添付されたAとBとの境界確認書によれば、本件土地と隣地との境界の位置に争いはないようですが、塀の越境の事実については、AもBも気が付いていなかったとのことです。
(1)私は、隣地所有者Bに対し、塀の撤去を要求することができるでしょうか。
(2)塀が越境していることに関し、売主Aに責任追求できるでしょうか。
【回答】
(1)隣地所有者Bの設置した塀が本件土地に越境している場合には、本件土地の所有者であるあなたは、所有権に基づく妨害排除請求権により、Bに対して塀の撤去を求めることができます。
(2)塀の越境の事実が本件土地の「隠れた瑕疵」に該当すると判断できる場合には、あなたは、売主Aに対して、瑕疵担保責任を追求できる可能性があります。ただし、塀の越境が「隠れた瑕疵」に該当するか否かは、境界確認の経緯、越境に関する説明の有無など事案ごとの事情によって判断されます。
【解説】
1.塀の越境
自分の所有地に他人の塀や建物等が越境している場合、その土地の所有者は、越境物の所有者に対して、土地の所有権に基づく妨害排除請求権により越境物の撤去を求めることができます。他人の塀や建物等が越境しているか否かを判断するには、先ず、その土地と隣地との「境界」が定まる必要があります。一般的に土地の「境界」には、「公法上の境界」と「私法上の境界」があるとされています。「公法上の境界」とは、「筆界」と呼ばれ登記された一筆の土地の「堺(さかい)」を意味します。一方、「私法上の境界」とは、「所有権界」と呼ばれ隣接する土地相互の所有権の範囲を示す境界線をいいます。本来であれば、「公法上の境界」(筆界)と「私法上の境界」(所有権界)は一致しますが、土地の一部譲渡や時効取得などによって「公法上の境界」と「私法上の境界」にズレが生じている場合があります。そのため、多くの土地の売買契約では、売買契約締結前に隣地所有者の立会いのもと、お互いの所有権の範囲を示す境界を確認し境界確認書を作成します。このことにより「私法上の境界」が確定し、その後、必要に応じて地積の更生などが行われ「公法上の境界」が修正される場合があります。
本件土地の売買においては、売主Aと隣地所有者Bとの間の境界確認書が作成されており、本件土地と隣地との境界の位置自体に争いはないようです。従って、越境の事実が存在しているので、あなたは、隣地所有者Bに対して、土地所有権に基づく妨害排除請求権によって、塀の撤去を求めることができるでしょう。
なお、隣地所有者Bが越境部分の土地の取得時効を主張する場合も考えられます。越境部分の土地をBの土地の一部と信じて占有(善意の自主占有)を10年継続した場合には、Bが、越境部分の土地の所有権を取得時効により取得できます。その結果、「私法上の境界」が、越境部分まで移動することになります。この場合、あなたは、越境部分の所有者ではないことになり、所有権に基づく妨害排除請求権を有しないことになります。
従って、本件の場合、先ず、境界確認書の定めた境界がどの位置かを確定し、越境の事実が存在するか否かを確認し、Bの取得時効の主張の有無を確認する必要があります。
2.瑕疵担保請求
売買の目的物に「隠れた瑕疵」があった場合、買主は売主に対して、瑕疵担保責任に基づき損害賠償請求や契約解除を求めることができます。
この瑕疵担保責任の要件である「隠れた瑕疵」の「瑕疵」とは、売買契約の目的・趣旨に照らし、通常有すべき品質・性能を欠いている状態をいうとされています。
また「隠れた瑕疵」の「隠れた」とは、買主が取引上必要な注意をしても発見することができないこと、すなわち、買主が瑕疵を知らず、かつ、知らないことに過失がないことをいうとされています。
本件土地の売買において、隣地の塀が越境していることが「隠れた瑕疵」に該当するか否かは、塀が越境していることが売買契約の目的・趣旨に照らし、通常有すべき品質・性能を欠いている状態(「瑕疵」)に該当し、また、あなたが塀の越境の事実を知らなかったことに過失がない(「隠れた」)といえるかどうかを本件売買契約の過程の事情に即して判断する必要があります。
この点に関し、購入した土地に隣地との間のブロック塀が越境していた事案において、売主も売買契約締結時には越境の事実を認識していなかったが、引き渡し前には認識していたという事情のもとにおいて、ブロック塀の越境は「隠れた瑕疵」に該当するとし、売主に瑕疵担保責任を認める判断をした裁判例があります(東京地裁平成25年1月31日判決)。
一方、原告の購入した土地に、隣接地上にある建物及び同建物に設置された広告塔の照明灯がそれぞれ越境していた事案において、売買契約締結過程において原告に測量図が交付されていたことから、売買契約締結に先立ち、原告において、境界標の間を見通したりする等して、越境していることを容易に知り得たとして、「隠れた」瑕疵には該当しないとして、売主の瑕疵担保責任を否定した裁判例もあります(東京地裁平成26年5月23日判決)。
このように塀や建築物等が越境していた場合において、売主の瑕疵担保責任が認められるか否かの判断は、各事案における売買契約締結過程における事情によって様々です。
本件土地の売買においても、売買契約締結過程において、あなたが、境界、および、越境の事実をどの程度、認識し得たのか等を総合的に判断する必要があります。
3.まとめ
購入した土地の隣地の塀や建築物が越境しているケースでは、そもそも売主や隣地所有者自身も越境の事実を認識していないケースも少なくありません。土地を購入する際には、事前に境界確認書や測量図の交付を受け、現場において、境界の確認、越境の有無を詳細に確認することが大切です。なお、本件土地付建物の売買契約の締結が令和2年4月1日以降であれば「瑕疵担保責任」ではなく「契約不適合責任」の問題となるでしょう。