不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
建物外壁のタイル落下によるトラブル
【Q】
私は、数年前に売主Aから購入した本件建物(築15年、外壁にタイル張り)を所有しています。先日、本件建物の隣地でコインパーキングを運営している事業者から「本件建物の外壁に設置されたタイルが駐車場内に複数落下している。更なるタイル落下の危険性があるため、本件建物の壁面に近接した車室の営業を停止せざるを得ない状態となっている」との連絡が入りました。
前記連絡を受け、壁面の一部にネットを張る等の対応をとりましたが、「更なるタイル落下の危険性があるため、本件建物の壁面に近接した車室は営業できない」として、隣地駐車場経営者から、営業停止に伴う損害賠償請求を受けています。
私は、コインパーキングの事業者に対して営業損害を負担する責任があるでしょうか。
【回答】
本件建物に「工作物の設置又は保存の瑕疵」が認められる場合には、あなたは、工作物責任に基づき、駐車場閉鎖に伴う営業損害等の賠償責任を負う可能性があります。
1 外壁タイルの剥落
(1)建物所有者の工作物責任
建物の外壁に設置されたタイルが剥落し、他人に損害を生じさせた場合、建物所有者は、民法717条に基づく工作物責任の有無をまず検討する必要があります。
工作物の占有者・所有者は、「工作物の設置又は保存の瑕疵」が存在し、これによって他人に損害が発生した場合、生じた損害を賠償すべき義務を負っています(工作物責任・民法717条1項)。工作物責任では、工作物の占有者が第一次的に責任を負いますが、占有者が損害発生を防止するために必要な注意を果たしていた場合には、占有者の責任は免責され、所有者が賠償責任を負います。この所有者の責任は無過失責任とされており、非常に重い責任です。
工作物責任の要件となる「工作物の設置又は保存の瑕疵」とは、工作物が「通常有すべき安全性を欠く状態」を言い、設置時の施工不良や設置後の維持管理の懈怠等が該当するとされています。したがって、工作物の所有者は、工作物を適切に施工し、定期的な点検補修によって維持管理し、工作物が「通常有すべき安全性」を保持するよう努める責務があります。
建築基準法12条では、一定の規模・用途の特定建築物の所有者等に対して、専門の資格者による定期点検及び結果報告を義務付けています。建築物の外壁タイル等の点検については、剥落の有無を確認するために、目視の他、打診による点検を行うこととされ、竣工10年を超えた場合には、外壁の全面打診等による点検が義務付けられています(乾式工法によるものを除く)。特定建築物の所有者は、これらの定期点検報告義務や点検結果に応じた補修工事を怠っていた場合には、「工作物の設置又は保存の瑕疵」があったと判断される可能性があります。
(2)外壁タイルの剥落に関する裁判例
本件設問と類似の事案の裁判例(東京地裁平成31年3月25日判決)では、コインパーキングの事業者が、駐車場の隣地建物の所有者に対して、隣地建物の壁面タイルの剥落が継続して発生し、更なるタイル剥落の危険性があるとして、コインパーキングの営業停止を強いられたことに伴う営業損害の賠償請求をしました。
同裁判例では、隣地建物は、建築基準法12条に基づく定期調査報告において、壁面タイルの剥落が認められ、要是正の指摘を受けながら、是正を行っていませんでした。また、隣地建物の壁面の一部にネットが設置されたものの、その他の壁面のタイルの剥落や劣化等が確認されました。
このような事案のもと、裁判所は「民法717条1項にいう工作物の設置又は保存の瑕疵とは、工作物が通常有すべき安全性を欠いている状態をいうところ、建物としての基本的安全性を損なう瑕疵がある場合には、工作物が通常有すべき安全性を欠いているというべきである。」とし、「建物の壁面の状態を放置した場合、タイル等の剥落により、いずれ本件駐車場の利用者や通行人等の生命、身体又は財産に対する危険が現実化するものと認められる」として「工作物の設置又は保存の瑕疵」を認め、「隣地建物に近接する10車室の駐車場の閉鎖は必要かつ相当な措置である」として、駐車場閉鎖に伴う逸出利益等の損害賠償責任を認めました。
本件設問においても、本件建物に建物としての基本的安全性を損なう瑕疵がある場合とされ「工作物の設置又は保存の瑕疵」が認められる場合には、工作物責任に基づき駐車場閉鎖に伴う営業損害等の賠償責任を負う可能性があります。
2 まとめ
建物の外壁に設置されたタイルは、従来、美観やメンテナンスに優れているとされ、多くの建物に普及しました。しかし、設置工法によっては、設置から一定年数が経過するとタイルの浮きや剥落が生じるケースが発生したため、特定建築物についての定期点検報告等、建物所有者等の責任が課されるようになりました。
本件設問では、建物所有者の工作物責任に焦点をあてていますが、工作物責任に基づく賠償責任を負った建物所有者は、今後、売主の契約不適合責任や施工業者の不法責任を追及することが考えられます。但し、売主の契約不適合責任は特約により責任期間を2年に限定しているケースが多いこと、また、築年数を経た建物では、経年劣化による剥落か、設置時の施工不良による剥落なのかの見極めが難しいこと等から、売主や施工業者への責任追及も容易ではありません。このようなトラブルに発展しないためにも、建物購入前に外壁等の維持管理状況を調査し、また、建物購入後は、建物所有者として、定期点検や迅速な補修を行うことが大切です。