不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
配偶者の居住権に関するトラブル(含む・改正相続法)
本年(平成30年)7月6日に相続関連の民法及び家事手続法の改正法が成立し、同年7月13日に公布されました。改正法の中には、被相続人の配偶者短期居住権、及び、配偶者居住権の規定が新設されました。この配偶者短期居住権、及び、配偶者居住権は、公布日から2年以内に施行される予定です。したがって、未だこれらの権利の適用はありません。
しかし、配偶者の居住権に関するトラブルは、現行法においても発生しています。改正法を念頭におきながら、事例を検討してみます。
Q
私は、昨年、夫を亡くし、現在、二人の子供(長男・次男)との間で遺産分割協議を行っています。私は、現在、同居していた夫の住居で生活しています。
しかし、遺産分割協議の中で、長男は、この住居を売却して、売却代金を分配するよう主張し、私に対し、住居から速やかに退去するように求めています。
また、相続開始時から退去までの期間の住居の使用料を支払うように求めています。
(1)私は、長男の主張するように、速やかに住居から退去しなければならないのでしょうか。また、相続開始時から退去するまでの間の使用料を支払う必要があるのでしょうか。
(2)私のような立場の配偶者について、改正相続法では、どのような規定を新設したのでしょうか。
A
(1)現在の裁判実務では、被相続人の住居に同居していた配偶者は、相続開始から遺産分割終了までの期間、無償で、その住居に居住することができると考えています。
あなたは、夫の生前から、夫の住居に同居してきた夫の配偶者です。
したがって、あなたは、夫が第三者への遺贈や反対の意思表示をしていない限り、相続開始から遺産分割終了までの期間は、この住居を無償で使用することができるでしょう。また、その期間の使用料を支払う必要もありません。
なお、遺産分割終了後の対応については、遺産分割協議の中で決めることになるでしょう。
(2)改正相続法では、あなたに対し、遺産分割協議が終了するか、又は、相続開始の時から6ヶ月を経過する日のいずれか遅い方の日までの間、無償で夫の住居を使用することができる権利(配偶者短期居住権)を認める規定が新設されました。
また、遺産分割協議や遺贈の中で、あなたに対し、終身又は一定期間、その住居の全部の使用・収益をする権利(配偶者居住権)を取得させることができる規定が新設されました。
解説
1.現行法における配偶者居住権の保護
現在の裁判実務では、夫の住居に同居していた配偶者の住居の利用権に関し、「特段の事情のない限り、夫と同居の配偶者との間で、夫が死亡し相続が開始した後も、遺産分割により住居の所有関係が最終的に確定するまでの期間は、引き続き同居の配偶者に対し、これを無償で住居を使用させる旨の合意があったものと推認される」として「使用貸借契約」を推定しています(最高裁平成8年12月17日判決)。
この判決に基づくと、回答(1)で述べたとおり、居住していた住居を無償で使用することが認められ、使用料を他の相続人に支払う必要はありません。
2.改正相続法における配偶者短期居住権、及び、配偶者居住権
高齢化社会の加速に伴い、相続開始時に高齢となっている同居の配偶者の居住権を保護する必要性が高まっていることから、改正相続法の中に「配偶者短期居住権」、及び、「配偶者居住権」が新設されました。なお、この権利は、前記の法律施行日以降に開始した相続に適用されるため、本事案には適用されません。
(1)配偶者短期居住権
配偶者短期居住権は、前述の最高裁判例を参考として、その問題点を補強する内容となっています。前述の最高裁判例においては、夫婦間に住居の使用貸借契約の成立を推認することで、配偶者の居住権を保護しているため、仮に、被相続人が使用貸借契約の成立に反対する意思表示をした場合には、配偶者の居住権は保護されないという問題点がありました。
これに対し、改正相続法では、配偶者は、法律上の権利として配偶者短期居住権を有すると規定されているため、被相続人が反対の意思を表示した場合でも、前述の期間の配偶者の居住権が認められます。また、居住していた建物が第三者に遺贈された場合や配偶者が相続放棄した場合にも、居住建物の所有者から、配偶者に対し退去を求める請求(配偶者短期居住権の消滅の申入れ)を受けた日から6ヶ月を経過するまでの間は居住権が認められます。
(2)配偶者居住権
配偶者居住権は、配偶者の居住権を長期的に保護する制度として新設されました。配偶者が相続開始時に被相続人所有の建物に居住していた場合に、終身又は一定期間、配偶者がその建物の全部を無償で使用・収益できる法定の権利(配偶者居住権)を、遺産分割や遺言によって、配偶者に取得させることが可能となります。
この配偶者居住権の取得により、遺産である居住建物の価値は、配偶者居住権とその負担が付いた建物所有権とに区分されます。その結果、配偶者の相続分は、居住建物の全価値ではなく、配偶者居住権の価値を相続したに過ぎないことから、他の遺産に対する相続分の主張が可能となるのです。
相続法改正前は、配偶者は、居住権を確保するために居住建物の所有権を相続せざるを得ず、その結果、居住建物の全価値を相続するため、他の預貯金等の相続財産を相続することができず、生活費に困るケースもありました。そうした問題点を解消しながら、配偶者の居住権を保護する目的で、配偶者居住権を新設したのです。
まとめ
相続人が複数人いる場合、相続開始により相続財産は共同相続人の共有状態となります。被相続人の住居に配偶者が居住している場合には、配偶者の居住の保護と相続人間の公平な遺産分割をめぐり、トラブルに発展することが見受けられます。改正相続法の施行前でも、遺産分割協議に際し、新設された配偶者短期居住権や配偶者居住権の発想をうまく活用することで、トラブルを未然に防ぐことが期待されます。