不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
土地購入後の建築請負契約のトラブル
【Q】
私は、昨年、業者A(宅建業者・建設業者)から投資用共同住宅の経営の勧誘を受け、業者Aから本件土地を購入し、その後、建設業も行っている業者Aとの間で、本件土地上に建築する共同住宅の建築請負契約を締結しました。本件土地上に建築予定の共同住宅は、業者Aが一括して借り上げ、サブリースすることになっていました。
請負契約締結に際しては、業者Aから、法令上の制限により本件土地上に4階建て以上の高さを建築することはできないと説明されたため、希望していた4階建てを3階建てに変更して建築請負契約を締結しました。しかし、後になって、業者Aが法令上の制限を誤解しており本件土地に4階建てを建築することが可能であることが明らかとなり、また、業者Aが無断で設計変更を行って施行していた事実等も発覚し、現在トラブルとなっています。
(1)本件建築工事は杭工事が終了した段階ですが、私は、業者Aとの建築請負契約を解除することができるでしょうか。
(2)請負契約の解除を理由として、業者Aとの本件土地売買契約も解除することができるでしょうか。
【回答】
(1)業者Aの法令上の制限に関する説明の誤りや無断の設計変更・施行等の請負契約上の付随的債務の不履行によって、本件請負契約上の信頼関係が破壊されている場合には、付随的債務の不履行による信頼関係の破壊を原因として本件請負契約を解除できる可能性があります。
一方で、業者Aの前記行為によって信頼関係の破壊にまでは至っていない場合においても、あなたは、建築工事完成までの間は、解除によって業者Aに生じる損害を賠償して、本件請負契約を解除することができます。
(2)売買契約と請負契約が別個の契約であり、原則として、請負契約の解除が売買契約の効力に影響を与えることはないと考えられます。ただし、請負契約上の債務不履行が売買契約上の債務不履行にも該当するような特別な事情がある場合には、売買契約の解除が認められる可能性があります。また、法令上の制限に関する説明が売買契約上の契約不適合に該当する場合には、契約不適合責任に基づく契約解除をすることができます。
【解説】
土地売買契約における売主が宅建業者かつ建設業者であるような場合には、売主業者との間で、土地の売買契約と建物建築請負契約の双方を締結することがあります。このようなケースにおいて、請負契約上のトラブルによって当事者間の信頼関係が失われ、注文者が請負契約の解消を望む場合、注文者はどのような場合に請負契約を解除することができるでしょうか。また、請負契約の解除は、売買契約に影響を与えるでしょうか。
1 建築請負契約
建物建築請負契約は、請負人が請負契約に定めた建物建築工事を完成させ、注文者に引き渡し、これに対して注文者が報酬を支払うことを内容とする契約です。
建物建築工事の完成には、現地調査・設計・工事着工・建物完成と多くの過程と時間を要するため、その過程の中で予期せぬ事情が生じ、設計変更とそれに伴う請負金額・工事期間の変更を余儀なくされる場合も少なくありません。当初の契約内容を変更する必要が生じた場合には、迅速かつ十分な説明が不可欠であり、これが疎かになると請負人・注文者間の信頼関係が崩れ、請負契約の解除の可否やそれに伴う賠償・報酬請求をめぐり紛争となることもあります。
2 注文者による請負契約の解除
建築工事の過程で、請負人・注文者間のトラブルとなった場合は、注文者はどのような場合に請負契約を解除することができるでしょうか。
(1)注文者都合による解除
工事請負契約は、注文者の利益のために工事を完成させるものであるため、注文者がもはや工事の完成を必要としない場合には、これを継続させる意味がないため、工事完成までの間においては、契約解除によって請負人に生じる損害を賠償して、注文者はいつでも契約を解除することができます。実務における請負契約では、中途解約に伴う違約金等が定められている場合もあります。
(2)請負人の債務不履行による解除
一方で、改正民法の下では、請負人の施行した工事内容に債務不履行がある場合には、その不履行が軽微である場合を除き、工事の完成前後を問わず、注文者は、請負契約上の債務不履行に基づき契約解除をすることができます。この場合、請負人の債務不履行によって注文者に損害が生じている場合には、請負人に対して損害賠償も請求することができます。
(3)既履行部分に応じた報酬請求
前記(1)(2)、いずれによる解除の場合においても、契約解除までに請負人が既に行った既履行部分が可分であり、これによって注文者が利益を受ける場合には、既履行部分については解除することはできす、注文者はこれに応じた報酬を請負人に支払う必要があります。
3 付随的債務の不履行による請負契約の解除
(1)では、本件設問のケースにおいて、注文者(あなた)は本件請負契約を請負人の債務不履行による解除をすることができるでしょうか。本件設問では、請負人である業者Aが本件土地上の法令上の制限を誤って説明したこと、また、注文者に無断での設計変更・施行をしたという事情があるようですが、これらの請負人の行為は請負契約上の主たる債務にはあたらないとも考えられるため、これらの不履行によって請負契約を解除することができるか問題となります。
この点、本件と類似の事案の裁判例(名古屋地裁平成18年9月15日判決)では、①建設業者が土地上の法令上の制限を誤解して本来建築可能な4階建てを建築できないと説明して3階建て建物の請負契約を締結させ、法令上の制限の誤解が発覚後も訂正や設計変更の協議を行わなかった、また、②設計図書、見積書、工程表を契約締結後速やかに交付しなかった、さらに、③注文者に無断で地盤工事の手法等を変更して施行した等の事案において、裁判所は、下記要約の通り、請負人の前記①②③の付随的債務の不履行により当事者間の信頼関係は破壊されており、これを原因として請負契約の解除を認める判断をしました。
「設計及び施工を請け負う請負契約では、請負人は、契約に付随する債務として、①建物に関する法令上の制限を正確に把握・説明し、仮に当初の説明に不備があった場合には、直ちに訂正して協議すべき義務、②設計図書、見積書、工程表は、施主・請負人間の良好な信頼関係を築く上で重要な意義を有するから、これを速やかに交付すべき義務、③設計内容の変更の必要が生じた場合には、内容・理由を説明の上、同意を得る義務、を負っていたにもかかわらず、請負人の前記①②③の付随的義務の不履行は、施主に対する著しい背信行為で、これにより当事者間の信頼関係は破壊されており、信頼関係の破壊を理由として契約解除をすることができる。」
(2)前記裁判例を前提とすると、本件設問のケースにおいて、業者Aの付随的債務の不履行が請負契約上の信頼関係を破壊するレベルに至っている場合には、これを原因として請負契約を解除することができる可能性があります。
4 売買契約への影響
本件設問の土地売買契約及び請負契約は形式上別個独立の契約であり、本件売買契約に本件請負契約の解除を売買契約の解除事由とする旨の条項が存在する場合や、売買契約と請負契約とを一体の契約と解することができる特別の事情がない限り、本件請負契約の解除が、直ちに土地売買契約の効力に影響を与えるものではないと考えられます。但し、本件設問では、業者Aが本件土地上の法令上の制限を誤解し誤った説明をしていたようですので、当該誤った説明が土地売買契約上の契約不適合に該当する場合には、契約不適合責任に基づく売買契約解除をすることができる可能性があります。
5 まとめ
債務不履行を理由として契約を解除するためには、主たる債務の不履行を理由とするものでなければならず、不履行の程度が「軽微」である場合には契約解除は認められないと考えられています。2020年4月に施行された改正民法においても、その旨の規定が新設されました。(民法541条但し書)。今回は、建築請負契約において、付随的債務の不履行によって信頼関係が破壊されている場合に請負契約の解除が認められた裁判例をご紹介しました。売買契約においても付随的債務の不履行によって売買契約の解除が問題となることが多いため、参考になると考えられます。