

不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
修繕積立金等に関する説明義務
【Q】
私は、売主業者Aから、築20年の中古マンションの一室を代金約3000万円で購入しました。売買契約に際して、仲介業者Bから、重要事項説明書に基づき「本物件には①管理規約が存在する事、②修繕積立金が約269万円存在する事、③全部委託契約に基づく管理形態である事」を内容とする重要事項説明を受けました。
私は、内覧の際に本物件の外壁の汚れや管理体制が気になったため、仲介業者Bに対して、修繕積立金拠出による大規模修繕工事の予定や管理会社について確認したところ、数年後に大規模修繕工事が予定されている旨、また、管理会社はB社であるとの説明があり、本物件の維持管理体制は安心できるものと考え、購入を決意しました。
ところが、物件購入後に、本件マンションには①管理規約は存在せず、②修繕積立金もなく、ある区分所有者に対する約266万円の損害賠償請求債権が存在し、これを修繕積立金に含めている状況である事、③委託契約に基づく管理業者は存在しない事、が明らかになりました。
これらの事実は、本物件購入時に前提としていた事実と異なるものです。私は、本件売買契約を錯誤に基づき取り消すことができるでしょうか。
【回答】
本件売買契約において、本物件の管理規約の有無、修繕積立金の有無・金額、管理形態に関する事項は、売買契約を締結するか否かを決定する重要な要素になっていたと考えられます。これらの重要な事実について、事実と異なる虚偽の説明を受け、これを信じて契約締結を決意した場合には、あなたは、錯誤に基づき売買契約を取り消すことができると考えられます。
1 修繕積立金等に関する説明義務
区分所有建物の売買において、①管理規約の有無・内容、②修繕積立金に関する規約の内容・積立額、③管理委託先に関する事項は、宅建業法上の重要事項とされています(宅建業法35条1項第6号、同法施行規則16条の2)。本事案においても、買主は、仲介業者に対して、修繕積立金による大規模修繕計画の有無や管理会社について質問する等、本物件の維持管理体制について関心をもっており、前記①②③に関する事項は、売買契約締結の判断に影響を与える重要な事実であったと考えられます。したがって、売主業者らが、これらの事実について誤った説明を行った場合、宅建業法上の重要事項説明義務違反に該当する可能性があります。
また、①②③の事実について、売主業者らによる虚偽の説明がされ、買主が錯誤に陥り売買契約を締結した場合には、買主は、錯誤に基づく売買契約の取消しを主張しうると考えられます(民法95条1項)。
2 裁判例
本件設例と類似の事案の裁判例(東京地裁令和3年9月29日判決)では、本物件の過去の売買における重要事項説明書等には「管理規約が存在しない事、修繕積立金がない事、管理会社のない事」が記載され、売主業者ら(被告)はこれらの事実を認識した上で、買主(原告)との売買契約締結時には「①管理規約が存在する事、②修繕積立金が約269万円存在する事、③全部委託契約に基づく管理形態である事」との虚偽の重要事項説明を行いました。
同裁判例の事案では、売買契約締結後に、管理規約が作成され、また、修繕積立金に計上されていたある区分所有者への約266万円の損害賠償請求債権が全額回収されたという事情がありましたが、裁判所は、下記の通り、被告らが原告に行った①管理規約、②修繕積立金、③管理形態に関する全ての説明に誤りがあったとして、錯誤に基づき売買契約の無効を認める判断をしました。(なお、同裁判例は、旧民法下での事案であるため、旧民法95条に基づき錯誤による無効の判断をしています。)
裁判所は、①管理規約について、管理規約が存在しないことは「区分所有建物においては異例のことであり、買主に対して説明すべき事項に当たる」、本件売買契約では「管理規約が存在することを当然の前提とした説明がされたものであり」説明には誤りがあったとし、②修繕積立金について「原告に対する修繕積立金に係る説明は、修繕積立金に債権を含めることができるか否かにかかわらず、誤りであったと認められる。その後、説明どおりの金額が修繕積立金として確保できたとしても、本件売買契約当時の説明が遡って正当であったと認め得るものではない」とし、③管理形態については、本物件の管理業務は「契約に基づくものではなく、事務管理的要素の強いものであった」とし全部委託との説明には誤りがあったと判断して、売買契約の錯誤無効の主張を認めました。
3 まとめ
区分所有建物の売買において、管理規約の有無・内容、修繕積立金の有無・金額、大規模修繕の予定、管理委託先等、物件の管理維持体制に関する情報は、買主にとって物件購入の判断に影響を与える重要な事項です。重要事項は、前記裁判例の通り、虚偽の説明後に、事情変更が生じて虚偽の説明内容との現状に齟齬がなくなったとしても、売買契約締結時に誤った説明をした事実は変わらないとの判断をしていますので、売買契約時の正確な情報に基づき説明するよう留意する必要があります。
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