不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
土地公簿売買契約のトラブル
Q
私は、戸建住宅を建てる敷地として、売主から本件土地を購入しました。
本件土地の販売広告には、「公簿面積100㎡」と表示され、販売価格は「公簿面積100㎡に坪単価70万円を乗じた金額」と記載されていました。
公簿面積と実測面積が一致しないことも多いと聞くので、私は、売主に対し私が希望する戸建住宅を建てるには敷地面積が90㎡以上必要である旨を伝え、本件土地の実測面積をたずねたところ、実測は行っていないが、実測面積と公簿面積の差は少ないであろうとの説明でした。その為、本件土地の売買代金額を公簿面積100㎡に坪単価70万円を乗じた額とした売買契約を行いました。
(1)しかし、本件売買契約後に土地の測量を行った結果、実測面積が公簿面積よりも少ないことが判明しました。私は売主に対し、不足面積分の代金を減額請求できるでしょうか。
(2)又、仮に、本件土地の実測面積が公簿面積よりも多い場合には、私は売主に対して、超過面積分の代金を支払う必要があるのでしょうか。
A
(1)本件売買契約が数量指示売買と判断される場合には、あなたは、売主に対して、不足面積分に坪単価を乗じた金額を減額請求できるでしょう。しかし、数量指示売買と判断ができず、一般的な公簿面積による取引(「公簿売買」)と判断される場合には、減額請求は難しいでしょう。
(2)又、実測面積が公簿面積より超過する場合には、「公簿売買」の場合は勿論、たとえ、数量指示売買と判断される場合でもあなたは、売主に対して超過分の代金を支払う必要はありません。
解説
1.実測売買・公簿売買
(1)土地の売買取引における地積は、土地の特定の要素だけでなく、土地の利用目的を左右し、売買代金を決定づける重要な要素です。
(2)土地の売買取引における地積の表記には「実測面積」と「公簿面積」の2つがあります。
①「実測面積」は、実際に土地の測量を行って得られた地積なので、測量が正確に行われ、測量時から売買までの間に土地の形状に変化がない限り、土地の正確な面積と考えられます。
②この「実測面積」に基づいて売買代金額を決定する売買取引を「実測売買」といいます。土地の「実測売買」では、土地の地積が重要な要素となります。一定の地積が確保されていることを前提とした売買取引を「数量指示売買」といいます。万一、土地の地積が不足している場合、買主は、売主に対し不足する部分の割合に応じた代金の減額請求を行うことができます(民法563条、565条)。
③「公簿面積」は、土地の登記記録上の地積欄に表示された面積です。古い時代の登記記録上の地積には、いわゆる「縄伸び」と称する測量技術が未熟な時代の測量によって不正確な数値が記載されている場合があり、その結果「公簿面積」と「実測面積」とが必ずしも一致しない場合が見られます。
④この「公簿面積」に基づいて売買代金額を決定する売買を「公簿売買」といいます。「公簿売買」は、土地の正確な面積を重視せず、土地の他の要素を評価して売買代金を決定する場合や山林売買等、測量費用が過大となる広大な土地の売買などで多く行われます。そのため「公簿売買」では、「公簿面積」と「実測面積」との間に過不足が存在した場合でも契約当事者は、代金の増額請求や減額請求を行わない旨の合意を行なうのが一般的です。
(3)本件土地の売買の場合も、先ず、前記の「実測売買」(数量指示売買)と「公簿売買」のどちらに該当するのかを検討する必要があります。
2.数量指示売買
(1)売買取引において、一定の面積の土地や一定の個数の品物を購入するなどの目的物の「一定数量の確保」を目的とした売買を「数量指示売買」といいます。裁判例では「数量指示売買とは、当事者において目的物の実際に有する数量を確保するため、一定の面積・容量・重量・員数又は尺度があることを売主が契約において表示し、かつ、この数量を基礎として代金額が決定された売買をいう」としています(最判昭和43年8月20日)。
(2)「数量指示売買」では、売主は、買主に対して契約で定めた一定数量の目的物を引き渡す義務があり、買主は、売主に対して契約で定めた数量を基に約定した売買代金を支払う義務があります。
(3)そのため、目的物の数量に不足が存在した場合には、買主は、売主に対して、不足数量分に応じた代金の減額請求ができます(民法563条、565条)。
(4)一方で、目的物の数量が超過している場合には、それに関する規定が存在しない為、「民法563条、565条」を類推適用して超過分に応じた代金の増額を行なうべきか否か議論が分れています。なお、裁判例は、「買受後に、実測面積が、契約で定めた面積よりも超過することが明らかとなった場合には、特約の無い限り、売主は買主に対して、超過分に応じた金額の増額請求をすることはできない」として、類推適用を否定しています(最判平成13年11月27日判決)。これは、民法565条は、買主保護を目的として、買主に減額請求を認めた規定であるため、買主に不利となる面積超過の場合に民法565条の規定を類推適用して売主に増額請求を認めることは同条の趣旨に反すると考えられているからです。又、そうした考えは、数量指示売買の売主の合理的な意思に反しないと考えられるからです。
3.本件売買は数量指示売買か
(1)本件売買は、以下の理由から、地積が「90㎡」を超える「公簿面積100㎡」の存在を前提とした「実測売買」であり「数量指示売買」と考えられます。
①買主であるあなたは、敷地面積が90㎡以上必要である旨を売主に表示して実測面積の確認をしています。
②土地の販売広告では「公簿面積100㎡と表示され、販売価格は公簿面積100㎡に坪単価70万円を乗じた金額」と記載され、あなたと売主は「公簿面積100㎡は実測面積と差は少ないであろう」との認識の基に「公簿面積100㎡」に基づいて売買代金を決定しています。
③「公簿面積100㎡」を基準に売買代金を決定した点に関し、「公簿面積」に基づいて売買代金が決定された事案において「買主が一定面積の確保の意思を示して実測図面を要求し、これに対して売主も「公簿面積」と「実測面積」が一致するとの認識を示したこと、坪単価の減額交渉を経て、減額された坪単価に「公簿面積」を乗じた金額を売買代金としたこと、小規模住宅建築を目的とした売買であり、不足面積による影響が大きいこと等の事情を総合的に判断し「公簿面積」は「実測面積」と同様の趣旨で売買されたものとして「数量指示売買」に該当する」と判断し、買主の減額請求を認めた裁判例もあります(最判平成13年11月22日)。
(2)従って、あなたは、売主に対し、「公簿面積100㎡」と「実測面積」との不足面積分の代金の減額請求ができるでしょう。
(3)又、「実測面積」が「公簿面積100㎡」を超過している場合には、売主は、あなたに対する超過分に応じた代金の増額請求を行なうことができないので、あなたは、売主に対し増額分の支払いをする必要がないでしょう。
まとめ
土地の売買契約では、契約書の地積の表示として、登記記録上の「公簿面積」と「実測面積」を併用するのが一般的です。そして、測量した後に行う売買契約では、「公簿面積」を「土地の特定の要素」として、「実測面積」を「売買代金を決定する要素」とするのが一般的です。
しかし、測量する前の段階で行なう売買契約では、「公簿面積」のみが存在し、「土地の特定の要素」と「売買代金を決定する要素」の双方の役割を果たします。その場合、その後「公簿面積」と「実測面積」に過不足が生じた場合、売買代金の差額の増減請求の問題が生じます。
土地取引の一般的な実務では、「公簿面積」と「実測面積」に相違が生じた場合、代金の差額の増減請求について、請求を行なう旨や請求を行わない旨の規定(代金清算条項)を置いています。
しかし、本件売買では、こうした規定が存在しなかった為に「数量指示売買」か「公簿売買」かの問題が生じ、更に「民法563条、565条」の類推適用の有無まで問題となりました。こうしたトラブルを防止する観点から、土地売買契約においては、「公簿面積」と「実測面積」の機能が明確となる表記を行い、かつ、「公簿面積」と「実測面積」に相違が生じた場合の規定も明記することが大切です。