不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
借地上の建物の売買契約に伴うトラブル
【Q】
私は、父親の死亡に伴い父親の居宅(木造2階建)を相続しました。この居宅は、父親が、今から40年前に、親しい地主Aから敷地を賃借して建築した和風の瀟洒な建物です。私は、既に自宅を有していたので、仲介業者Bと居宅の買主を探してもらうため、媒介契約を締結しました。しばらくして、仲介業者Bは、買主Cを紹介してきました。そして、買主Cは、和風の瀟洒な建物が気に入り、是非、購入したいと申し入れてきました。
仲介業者Bから私に、居宅の売買に際し、地主Aの承諾が必要であるため、事前に地主Aの承諾を取得するよう依頼がありました。私は、相続人として初めてA宅を訪問し挨拶を兼ねて居宅の売買の件を伝え、地主Aへ承諾を求めました。しかし、地主Aは、敷地の賃貸借は、親しかった父親との間で行ったものであり、父親が亡くなり、しかも、相続人の私が居宅を利用せず、居宅の売買により他人が利用するのであれば承諾はできない。私が居宅を利用しないのであれば居宅の敷地を返還して欲しいと要求してきました。私は、仲介業者Bに地主Aの話を伝えたところ、仲介業者Bからは、地主Aの承諾が無い状態で居宅の売買を行うことには問題があり、しばらく様子を見るべきと忠告されました。
しかし、私と買主Cは、早期の居宅の売買契約を望んでいます。こうした状況の場合、私には、地主Aの承諾を得る方法があるのでしょうか。又、地主Aの承諾を得る前に居宅の売買契約を行う場合、どの様な点に注意すべきか教えてください。
【回答】
(1)あなたが地主Aの承諾を得るには二つの方法が考えられます。第1の方法は、あなたが時間を掛けて地主Aと誠実な協議を重ね、承諾に伴う条件(承諾料等)の交渉を行い、地主Aの承諾を得る努力を継続することです。第2の方法は、借地借家法第19条の借地非訟手続(借地権の譲渡許可)を利用し、地主Aの承諾に代わる裁判所の借地権の譲渡許可を取得することです。
(2)地主Aの承諾を得る前に居宅の売買契約を行う場合には、地主Aの承諾を得る前に借地権の移転が生じないように工夫する必要があります。なぜならば、地主Aの承諾を得る前に借地権の移転が生じた場合、借地権の無断譲渡(移転)となるからです。居宅の売買契約を地主Aの承諾の取得を効力の発生要件とする停止条件付売買契約とすることを勧めます。
【解説】
1.借地上の居宅の相続
(1)あなたは、父親から借地上の居宅を相続しました。借地上の居宅の相続は、居宅の所有権及び居宅のために設定された敷地の借地権の相続です。この借地権は、40年前に、地主Aと父親との間で木造建物(非堅固建物)所有の目的で締結された敷地の賃貸借契約に基づく借主の権利です。契約締結時期から推測すると旧借地法に基づく更新後の借地権と思われます。
(2)ところで、借地権の移転には貸主の承諾が必要です。貸主の承諾を得ない借地権の移転は禁止され無断譲渡として借地契約の解除事由となる可能性があります(民612条)。しかし、相続の場合には、相続人に当然承継されるので貸主の承諾が不要です。
2.借地上の居宅の売買と地主Aの承諾
(1)あなたは、借地上の居宅の所有者であり居宅の利用及び居宅の売買の権限を有しています。従って、あなたの居宅の売買契約には地主Aの承諾が不要です。
(2)しかし、借地上の居宅の売買契約では、居宅の所有権の移転と共に敷地の借地権も移転します。借地権の移転には貸主の承諾が必要であり、借地上の居宅の売買契約に伴う敷地の借地権の移転にも地主Aの承諾が必要となります。従って、あなたは、地主Aと借地権の移転の承諾について誠意をもって話し合い承諾の条件などを協議することが必要です。
(3)承諾について、あなたと地主Aは、借地権の移転承諾の対価として相応額の承諾料を支払う合意を行うのが一般的です。この承諾料の額については、居宅の売買契約の代金額を基準にした一定割合の金額とすることが多く見られますが、法的な規制はありません。あなたと地主Aとの協議により定まります。
3.借地非訟手続(借地権の譲渡許可)
(1)あなたと地主Aとの任意の話し合いができない場合、あなたは、裁判所に対し借地借家法第19条に基づき裁判所が借地権の譲渡の許可を行うことを申請することが可能です(借地非訟手続の借地権譲渡の許可申請)。
(2)あなたの借地上の居宅の売買(譲渡)により買主Cが敷地の借地権を取得しても借地権設定者である地主Aにとって不利となるおそれがないにもかかわらず借地権の移転を承諾しない状況の場合に、借地権者のあなたの申立てに基づき裁判所が借地権譲渡の許可を行う制度です。
(3)申立を受けた裁判所は、裁判所が嘱託した鑑定委員会(通常、弁護士、不動産鑑定士、有識者の3委員で構成)に対し、譲渡許可の相当性の有無、譲渡許可を行う場合に、借地権者のあなたが地主Aに支払うべき対価の金員について鑑定意見を求めます。裁判所は、鑑定意見を参考にしながら独自の立場で判断し決定します。
(4)譲渡許可を行う場合に、あなたが地主Aに支払う対価の金員は、鑑定に基づく居宅敷地の借地権価格を基準にした一定割合の金額です。通常の割合は10%前後ですが、状況に応じて割合を判断します。
(5)なお、地主Aは、あなたの申立に対し、あなたの借地上の居宅を買主Cに優先して買取る申立をすることができます(介入権の行使)。この申立は、地主Aに敷地の借地権及び居宅の優先的な買取りを認めて敷地の返還を実現します。裁判所が地主Aの介入権を認める際には、地主Aに対し、あなたに裁判所が定める買取り価格を支払うよう命じます。通常、この買取り価格は、居宅の敷地の借地権価格の一定割合(通常は、90%)額を基本に種々の要素を考慮して決定します。地主Aの介入権が認められた場合、買主Cは、あなたの借地上の居宅を購入することができなくなります。
4.Aの承諾を得る前の居宅の売買契約の注意点
(1)あなたと買主Cは、地主Aから借地権譲渡の承諾を得る前でも、借地上の居宅の売買契約を締結することはできます。しかし、その後、買主Cが、あなたに対し売買契約に基づく売買代金を約定の時期に支払った場合、あなたは、買主Cに対し、居宅の所有権を移転しなければなりません。その場合、まだ、地主Aの承諾が得られていなかった場合には借地権の無断譲渡の問題が生じます。これは、借地契約の解除事由となる危険性があり、解除が認められた場合、あなたの違約の問題に発展します。又、売買代金の支払期限までに地主Aの承諾を取得できるかは、前記2、及び、3の方法によるも困難が伴います。特に、地主Aの介入権の行使が認められた場合には、あなたと買主Cの売買契約は履行不能に陥ります。
(2)このような危険性を回避するには、事前に地主Aの承諾を得てから売買契約を締結するか、又は、地主Aの承諾を得ることを停止条件とする売買契約を行うことが必要です。地主Aの承諾を得ることを停止条件とする売買契約では、地主Aの承諾が得られない状態では、売買契約の本体である居宅の所有権の移転が生じないため、売買代金の支払時期も到来しません。仮に、地主Aの承諾が得られないことが確定した場合、停止条件の不成就により売買契約は無効(白紙状態)となります。その結果、あなたや買主Cの責任問題は生じません。
5.まとめ
借地上の建物の売買契約は日常生活でもよく見かけます。本件の様に、借地上の建物を目的に売買を行う場合だけでなく、借地上の建物が老朽化し取り壊しを予定しながら借地権の買取りを目的とする場合もあります。いずれの場合も、売買契約の目的物は借地上の建物と敷地の借地権です。従って、前記2、及び、3に記載した問題は常に念頭に置いて、売買契約の締結時期、売買契約の条件を協議する必要があります。契約を希望する当事者は、専門家と協議しながら、契約の準備を進めてください。