不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
改正法施行後に発覚した売買土地の埋設物に関するトラブル
【事例】
令和2年2月1日、私は、売主Aの所有土地について、媒介業者Bの仲介により、Aが建物の解体を行い更地の状態にて売買契約を行い、同年2月末日に土地の引渡しを受けました。私は、遅滞なくその土地上に事務所兼居宅を建築する予定でいましたが、建物の設計変更や資金繰りの都合から予定が遅れ、工事着工は、土地の引渡しから3か月以上経過した令和2年5月中旬となりました。
ところで、私が依頼した建設業者が本件土地の地盤調査を行ったところ、地中には売主Aが解体工事を行った旧建物(以下、「旧建物」という。)の地下室の一部と思われる大量のコンクリートガラや鉄骨等が残存していることが判明し、計画建物を建設するためには、それら全ての残存物の除去、並びに、本件土地の大幅な地盤改良工事が必要になることが判明しました。
本件売買契約では、売主Aから「旧建物の基礎、建築廃材、浄化槽、井戸等の敷地内残置物は存在しない」旨の物件状況等報告書が交付されました。又、瑕疵担保責任の期間は、土地の引渡しから3か月とし、さらに、「買主または買主の依頼による第三者が行う地質調査の結果、本件土地の地耐力強化のための地盤改良工事等が必要となる場合があっても、これにかかる諸費用等については、買主の責任と負担で処理するものとします。」との特約が付されています。
売主Aは、解体業者Cに旧建物の解体工事を依頼し本件土地の更地化を行ったとのことですが、地中に埋設物が残置されている事についての認識はなかったようです。また、媒介業者Bも、前記の物件状況等報告書を信頼し埋設物の残置について認識はなかったとのことです。
【Q】
令和2年4月1日から改正民法(債権法)が施行されたと聞いています。
私は、売主Aに対し、改正民法の「契約不適合責任」に基づく損害賠償請求として地盤改良工事に伴う費用を請求することができるでしょうか。
又、私は、媒介業者Bに対し、媒介業者の調査義務違反を理由に地盤改良工事に伴う費用の損害賠償請求ができるでしょうか。
【回答】
(1) 改正民法の附則第17条
改正民法(債権法)は、令和2年4月1日に施行されましたが、改正民法の施行前に締結された売買契約の債務不履行の責任等については、その債務が改正民法の施行後に生じた場合でも改正民法の規定ではなく従前の例(旧民法の規定)により処理します(附則第17条1項)。従って、あなたの本件売買契約に関する地盤改良工事に伴う費用の請求は、従前の例(旧民法の規定)である瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求として処理します。
(2) 売主Aの責任
本件土地には、旧建物の地下室(空間)が残在し、大量のコンクリートガラや鉄骨などの建築廃棄物等が残置されているため、廃棄物の除去、並びに、地下室(空間)の埋戻しを行うなどの大規模な地盤改良工事が必要な状態と思料されます。この状態は、本件土地の「隠れた瑕疵」と考えられます(なお、改正民法では、「契約不適合責任」上の「契約の内容に適合しない目的物」に該当します)。従って、本来、売主Aには「瑕疵担保責任」があると考えられます。しかし、本件売買契約では、瑕疵担保責任が存在する場合にも責任期間である3か月が経過しているため瑕疵担保責任の追及は難しいと考えられます。
一方で、売主Aは、買主に対し、売買目的物である本件土地の状況について正確な情報を告知・説明する信義則上の義務を負っています。売主Aは、本件土地の売買に際して旧建物の基礎、建築廃材、井戸等の敷地内残置物は存在しない旨の物件状況等報告書を提出しています。しかし、物件状況等報告書の内容は事実とは異なるものでした。売主Aが、解体業者Cの解体更地工事について必要な確認等を怠り漫然と報告書を作成・提供していた場合には、これらの土地の状況に関する説明義務違反に基づき損害賠償責任を追及できる可能性があります。
なお、本件売買契約には、地盤改良工事等の費用は買主の負担とするとの免責特約が存在しますが、売主Aの調査説明義務の違反が認められる場合には、後記の判例などから見てこの免責特約は適用されないと思料されます。
(3) 媒介業者Bの責任
媒介業者Bは、媒介に際し、あなたに対し、売買目的物である本件土地の状況を調査説明する義務があります(重要事項説明義務)。しかし、旧建物の解体、及び、本件土地の整地作業は売主Aの責任と負担で行ったものであり、売主Aから前記のような物件状況等報告書が提出されている状況下では、本件土地中の残置物の存在を疑わせる特別の事情が存在しない限り、媒介業者Bが独自に残置物の存在を調査する義務はないと考えられます。したがって、媒介業者Bへの責任追及は難しいと考えられます。
【解説】
1.土地の埋設物によるトラブルと「契約不適合責任」(旧民法上の「瑕疵担保責任」)
本件土地の地中には、旧建物の基礎や鉄骨等が大量に残置されています。このような残置物の存在は、あなたが事務所兼住居建物を建築する際の障害となりうるため、本件土地の「瑕疵」と考えられています(参考「その土地の外見から通常予測され得る地盤の整備・改良の程度を超える特別の異物除去工事等を必要とする場合には、宅地とし通常有すべき性状を備えないものとして土地の瑕疵になるものと解すべきである」(東京地裁平成4年10月28日判決)。従って、売主Aには「瑕疵担保責任」が生じます。
なお、2020年4月1日より、改正民法が施行されたため、旧民法上の「瑕疵担保責任」は、「契約不適合責任」(改正民法566条)に改められ、これまで「瑕疵担保責任」の要件とされた「隠れた瑕疵」は、「契約の内容に適合しない目的物」に改められました。
ところで、本件売買契約には売主Aの「瑕疵担保責任」(改正民法上の「契約不適合責任」)の免責特約が存在します。この特約は、売主Aが地中の残置物の存在や本件土地の地耐力強化の地盤改良工事等の必要性を認識していない限り有効と考えられます。
2.売主の調査説明義務
一方で、売主Aは、本件土地の売買に際して、旧建物の基礎、建築廃材、浄化槽、井戸等の敷地内残置物は存在しない旨の物件状況等報告書を提出しています。旧建物の解体及び整地作業は、解体業者Cに依頼して行いました。売主Aには、解体業者Cの作業、とりわけ、解体及び整地作業後の本件土地の状況について確認を行い、買主に対しその状況を正しく告知・報告を行う責任はないのでしょうか。
この点につき、裁判例(東京地裁平成30年3月29日判決)では、建設業者に依頼して旧建物を解体・更地化後、当該土地を販売した売主業者は、物件状況等報告書の作成等を通じて、売買の対象となる土地の状況について正確な情報を告知・説明する義務を負うと判断しています。同裁判例では、売主業者は、既存建物には地下室が存在し、それ故に既存建物の解体に伴う地中障害物が残存していることを把握し得たにもかかわらず、建設業者と適切に連絡を取らず、解体工事の遂行状況を確認していないため、埋設物の残置を認識せずに物件状況等報告書を作成したものと推認できるとし、売主業者に対し、上記告知・説明義務違反に基づく損害賠償責任を認めています。
この判断は、同裁判例における事情のもとでの判断である部分も否定できませんが、本件事例においても、あなたは、売主Aに対して、物件状況等報告書の作成を通じて、土地の状況について正確な情報を告知・説明する義務を怠ったものとして損害賠償責任を追及できる可能性があるでしょう。
なお、前記裁判例においても、本件事案と同様に「地耐力強化のための地盤改良工事等が必要となる場合があっても、これにかかる諸費用等については、買主の責任と負担で処理するものとする」との免責特約が付されていましたが、売主Aの行為が契機となり、地中埋設物が残置されるに至った本件ケースに免責特約を適用することが妥当とはいえないので特約に基づく免責は認められないと判断しています。
3.媒介業者Bの責任
一方で、媒介業者Bの調査・説明義務について、前記裁判例において、媒介業者Bが本件売買契約の重要事項説明を行い、本件売買契約を締結する時点において、本件土地は既に更地化されており、売主が物件状況等報告書において敷地内残存物はない旨を説明している状況下では、これに加えて媒介業者Bが独自にその真偽等について調査すべき義務が発生するとはいい難いとして、媒介業者Bに対する責任を否定しています。
本件事案においても、地中埋設物の存在を疑わせる特別の事情のない限り、媒介業者Bに対して、埋設物に関する調査・説明義務違反を追及することは難しいと考えられます。
4.まとめ
土地の埋設物に関しては、売主や買主双方が埋設物の存在について認識しないまま、売買契約が締結され、引渡し後にトラブルに発展する場合が少なくありません。地中の埋設物の質・量によっては、地盤が軟弱化しており、大幅な地盤改良工事が必要となり、莫大な費用が発生する場合もあります。このようなトラブルを避けるためには、売買契約締結前の時点で、既存建物の存在や種類を確認し、必要に応じて、事前に地盤調査を行うことが必要となります。しかし、工場や倉庫など大きな柱や杭が地下に埋まっていることを容易に疑える一部の例外を除いて、土地の売買契約前に気づくことは少ないでしょう。
売買土地の埋設物が見つかった時の対処方法を事前に売主・買主にて協議しておくこと、また、前記裁判例の通り、売主も、物件状況等報告書を作成する際には、適切な解体工事の進捗確認や地盤調査を通じて正確な報告を心掛けること、そして、売買土地の埋設物が見つかった後、信頼できる弁護士や媒介業者(仲介会社)を交えてどのように対処できるかが大切です。