不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
既存不適格建築物の売買に関するトラブル
【Q】
私は、約5年前に、売主A(個人)の所有する築15年の8階建ての中古マンションの一室を、媒介業者Bの仲介のもと購入し、居住してきました。しかし、転勤することになったため、本件マンションの売却を媒介業者Cに依頼したところ、媒介業者Cから、「本件マンションの地域には、約7年前に用途変更による高さ制限が課され、本件マンションの建て替えの際には、5階程度しか建築できない既存不適格建築物となっている。」との説明を受けました。
本件マンションを購入した際、売主Aや媒介業者Bから、本件建物が既存不適格建築物であるとの説明を受けた記憶はなく、重要事項説明書への記載もありませんでした。
本件マンションが既存不適格建物であるために、売却価格は想定よりも下がると予想されます。私は、売主Aや媒介業者Bに対して、責任追及をすることはできないでしょうか。
【回答】
(1)売主Aへの瑕疵担保責任
本件売買契約は約5年前に締結されているため、旧民法における瑕疵担保責任の問題となります。本件マンションが既存不適格建築物であることは、本物件の隠れた「欠陥」(瑕疵)に該当する場合があると考えられます。本件マンションが既存不適格建築物であるにも関わらず、売買契約締結時にその旨の説明がなかった場合には、あなたは、売主Aに対して、瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求等をすることができると考えられます。
(2)売主A及び媒介業者Bの説明義務違反に基づく責任
本件マンションに課せられる法令上の制限、また、それに伴い、当該物件が既存不適格建築物に該当するか否かは、売買契約締結の判断に重要な影響を与える事実に該当します。媒介業者Bは、これらの事実を重要事項として説明を行い、重要事項説明書に記載する宅建業法上の義務があります。また、売主A(個人)も、これらの事実を認識していた場合には、買主に対して説明する信義則上の義務があると考えられます。
本件設問のケースにおいて、売主Aや媒介業者Bに説明義務違反が認められる場合には、これに伴う損害について、損害賠償請求をすることができる可能性があります。
【解説】
1 既存不適格建築物
新築当時の法令のもとで適法に建てられた建築物が、後の法改正等により、新たな法令上の制限に適合しない状態にある建築物を既存不適格建築物といいます。
建物新築後の法改正等を既存建物に遡及して適用することは、建物所有者に不測の損害を与えるため、建築基準法は、新たな規定の施行・適用によって、既存建築物に不適合が生じても、当該規定を遡及して適用せず、既存不適格建築物については、新たな規定の適用を除外するとの扱いをしています。したがって、既存不適格建築物は、建物の現状の状態を維持して利用する限り、違法とはなりません。
しかし、新たな規定の施行後、増改築や大規模の修繕等(建築物の主要構造部の一種以上について行う過半の修繕等)を実施する場合には、原則、現行規定に適合することが必要となります。(既存不適格建築物が増改築等を行う場合、一定の要件のもと、現行規定の適用が緩和される場合もあります。)
本件設問においても、本件マンション再築の際には、原則、現行規定に適合させる必要があると考えられます。
2 売主Aへの瑕疵担保責任
本件売買契約は約5年前に締結されているため、旧民法における瑕疵担保責任の問題となります。あなたが、本件マンションが既存不適格建築物であるとの説明なく、現行法規に適合した建築物との前提で売買契約を締結した場合には、本件マンションが既存不適格建築物であることは、「瑕疵」に該当し、売主Aに対して瑕疵担保責任に基づく損害賠償請求をすることができると考えられます。
もっとも、瑕疵担保責任は、特約によって、免責や責任期間の制限が設けられることが多いため、本件売買契約条項をよく確認する必要があります。
3 売主A及び媒介業者Bの説明義務違反に基づく責任
本件マンションに課せられる法令上の制限、また、それに伴い、当該物件が既存不適格建築物に該当するか否かは、売買契約締結の判断に重要な影響を与える事実に該当するため、媒介業者は、これらの事実を重要事項として説明を行い、重要事項説明書に記載する宅建業法上の義務があります。
本件設問のケースのように、新たな規定の適用により、建て替えの際に現状より規模の小さな建物しか再築できない場合には、当該物件の価値が下がることが想定されるため、既存不適格建築物であるか否かは、売買契約締結の判断に重要な影響を与える事実といえるでしょう。
本件設問のケースにおいて、媒介業者Bが本件建物への高さ制限の有無、また、本件マンションが既存不適格建築物である旨の説明を怠っていた場合には、媒介業者Bは、媒介契約上の説明義務を懈怠したものとして、あなたは債務不履行責任に基づく損害賠償請求を追及することができると考えられます。
本件設例と同様の裁判例(東京地裁平成28年11.29判決)においても、媒介業者が、既存不適格建物である売買対象物件の高さ制限に関する説明を怠った場合には、告知義務違反となる旨の判断をしております(同裁判例では、高さ制限について重要事項説明書への記載を怠ったが、口頭での説明を行っていたため告知義務違反にはあたらないと判断している)。
また、売主A(個人)も、これらの事実を認識していた場合には、買主に対して説明する信義則上の義務があると考えられます。その場合には、瑕疵担保責任の問題以外に、買主に対する債務不履行や不法行為責任が問題となる可能性があります。
4 まとめ
築年数の進んだ中古物件では、建物所有者(個人)が認識しない間に、法改正等が行われ、既存不適格建築物となっている場合が見受けられます。本件設例のように、既存不適格建築物であるために、再築・増築に制限が課される場合には、売買契約の目的が達成されず、契約解除の問題に発展することも想定されます。古い中古物件の売買の際には、法令上の制限等の有無をしっかり確認した上で購入を検討することが大切です。