不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
公道への通行権のトラブル(借地権者の囲繞地通行権)
Q
私は、小学生の子供二人を含む家族四人で暮らすため、売主Aから、下記図のように隣接するB、C、D、Eの土地に囲まれた本件土地に建つ借地権付(土地賃借権)中古住宅を本件土地の所有者の承諾を得て購入しました。売主Aの事前の説明では、本件土地から公道にでるためには、隣人Bの所有する隣地Bを通行して公道にでることができるとの話でした。
ところが、本件土地購入後、隣人Bに直接話しをすると、「本件土地の所有者やAとの間で通行権など認めていない。」と主張され、公道への通路にポールを設置されてしまいました。
私は、隣地Bを通行することが可能でしょうか。また、いずれ車を所有したいと考えていますが、車での通行は可能でしょうか。
A
1.隣地Bの通行の可否
本件土地は公道に接していない「袋地」に該当し、あなたには、隣地Bを通行する囲繞地通行権が認められる可能性があります。もっとも、借地権者であるあなたが、囲繞地通行権を主張するためには、借地権の対抗力(借地上の建物の登記または敷地の賃借権の登記)を有していることが必要になります。
囲繞地通行権に基づいて認められる通行の権利は、あなた(家族)の通行に必要、かつ、隣人Bにとって最も損害が少ない範囲で認められます。売主Aのこれまでの通行の実態にもよりますが、基本的には、徒歩での通行に必要な幅員1m程度が認められるでしょう。このような通行権が認められる場合、あなたは、隣人Bに対して、一定の償金を支払う必要があるかもしれません。
解説
1.通行地役権
一般的に、他人の所有地を通行するためには、通行する土地の所有者との間で、通行権を設定する契約(通行地役権設定契約等)を締結し、通路の幅、通行の内容(徒歩・自動車)を合意します。仮に、本件土地の所有者(借地の貸主)、又は、売主Aが、隣人Bとの間で通行地役権の設定契約を結んでいた場合には、あなたは、借地権付中古住宅の購入に伴い通行地役権を承継し、隣地Bを通行することができます。しかし、本件では、隣人Bが、売主Aや敷地の所有者との間の通行地役権の設定を争う姿勢を示しているので、通行地役権が認められるか否かは立証次第となります。
2.囲繞地通行権
一方で、民法211条1項は、他の土地に囲まれて公道に通じない土地(袋地)の所有者に、その土地を囲んでいる他の土地(囲繞地)を通行する囲繞地通行権を認めています。これは、様々な立地状況の土地が存在することを踏まえ、隣接する相互の土地の利用関係を調整するため、囲繞地の所有者の犠牲のもと、袋地所有者に法律上当然に通行権を認めるものです。従って、袋地の所有者は、囲繞地の所有者の設定行為なしで、囲繞地の隣地Bを通行する権利を取得するのです。
このように、囲繞地通行権は法律上当然に発生し、囲繞地の所有者の犠牲のもとに成立していることから、袋地所有者の取得する囲繞地通行権の内容は、袋地所有者の通行にとって必要であり、かつ、囲繞地所有者にとって最も損害の少ない範囲に限定されます。また、袋地所有者の通行によって囲繞地所有者に損害が生じる場合には、袋地所有者は、囲繞地所有者に対し一定の償金を支払う必要があります(民法212条)。但し、袋地が、囲繞地である隣地の分割の結果生じた場合には、償金の支払が不要です(民法213条)。
又、この囲繞地通行権は袋地に付着した物件的権利であり、袋地や囲繞地の所有権の移転に伴い消滅することはないと考えられています(最判、平成2年11月20日)。従って、袋地や囲繞地が売買された場合にも、その囲繞地通行権は承継されると考えられています。
3.借地権者の通行権
上記のように、囲繞地通行権は、袋地の所有者に認められた権利です。では、この袋地の所有者から借地権の設定を受けたあなたは、この囲繞地通行権を主張することができるでしょうか。
あなたの借地権が地上権の場合には、地上権者にも囲繞地通行権を認めていますので(民法267条)、あなたは囲繞地通行権を主張することができます。
又、借地権が賃借権の場合でも、判例では、対抗力を有する賃借権者にも囲繞地通行権を認めているので、あなたの借地権が対抗力を有する場合には、囲繞地通行権を主張することができるでしょう。なお、借地権の対抗力は、借地上の建物の登記または土地賃借権の登記です。従って、あなたが、借地上の建物の登記の移転登記、又は、地主から土地賃借権の設定登記を受けていれば、囲繞地通行権の主張をすることができるでしょう。
4.囲繞地通行権の範囲
囲繞地通行権は、袋地所有者の通行に必要、かつ、囲繞地所有者にとって最も損害の少ない範囲で認められます。あなたの通行の目的は、日々の通勤・通学ですから、あなたは、囲繞地を、通勤・通学に適する態様で、適切な場所を必要な範囲で通行し、かつ、この通行が、囲繞地所有者にとって最も損害の少ないものであることが必要です。
この適する態様、適切な場所、必要な範囲の判断は、袋地や囲繞地の面積、形状、位置関係、売主Aの通行の実態(目的、位置、範囲、態様)などを総合的に考慮して行います。
本件の場合、売主Aの通行の実態にもよりますが、一般的には、隣人Bの日常生活の妨げとならない隣地の場所を、徒歩での通勤・通学に必要な幅員1m程度の範囲で通行することが認められるでしょう。
なお、将来の自動車での通行の可否については、本件土地周辺地域が自動車での移動が欠かせない地域であるか否か、自動車利用の具体的目的・必要性・頻度、従前の売主Aの車での通行の有無、周辺地への駐車の可否、隣人Bの安全性の確保等含めて総合的に判断されることになります。自動車での通行の場合は、隣人Bへ与える損害の程度が大きいため、徒歩による通行の場合に比較すると認められる可能性は低くなるでしょう。車の通行が認められない場合には、隣人Bとの話し合いによって通行権を設定する契約(通行地役権設定契約等)が必要となります。
まとめ
隣地の通行権をめぐる問題は、土地の従前からの利用状況、土地の分筆・譲渡をめぐる経緯等と様々な要素で結論が異なってきます。土地購入後に、本件のようなトラブルとならないためには、売買契約締結前に、隣地所有者との間で、通行の可否、通路の幅、通行方法等の具体的内容を確認しておくことが大切です。