不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
過去に火災が発生した物件の売却に関するトラブル
【Q】
私は、中古住宅をリフォームして新居に利用する目的で、売主A所有の中古住宅を購入しました。売買契約では、この中古住宅が築25年の古い物件であるため、売主Aの瑕疵担保責任を免除する特約を付して現状有姿で引き渡してもらうことにしました。
物件の引渡し後に、私がリフォーム業者とともにこの中古住宅を点検したところ、台所の換気扇フード付近を下から覗き込んだ部分に焼損の痕跡があることを発見しました。
その後の調査により、この中古住宅では、約8年前に台所でボヤ火災が発生し、消防車が出動したものの消火活動を行わず、売主Aの妻が一人で消火した事実が判明しました。また、ボヤ火災により台所の換気扇付近、レンジフード、壁紙や横木の表面等が焼損しましたが、売主Aが交換可能なものを全て交換し横木の焼損も表層部のみで建物の耐力構造に一切影響がない事が明らかになりました。
本件売買契約に際して、私は、売主Aや仲介業者Bから、この中古住宅において過去に火災が発生したとの説明は全く受けておりません。仲介業者Bも全く知らなかったとのことでした。
もし、この中古住宅において過去に火災が発生したとの事実の事前説明を受けていれば、私は、この中古住宅を購入していなかったかもしれません。
本件売買契約には瑕疵担保責任の免責特約が付されていますが、私は、売主Aや仲介業者Bに対して責任追及をすることができないのでしょうか。
【回答】
一般的に、住宅の火災発生の事実は、その住宅の売買契約締結の判断に重大な影響を与えるものと考えられます。
中古住宅の過去の火災の事実が「隠れた瑕疵」に該当すると判断される場合には、たとえ、瑕疵担保責任の免責特約が存在しても、本件の売主Aには、瑕疵担保責任が発生する可能性があります。なぜなら、売主Aが過去の火災の事実を認識しながら故意にその事実を告げなかった場合には、瑕疵担保責任の免責特約の効力は認められず、瑕疵担保責任を負担しなければならないからです。
又、売主Aには、あなたに対し、中古住宅の過去の火災の事実を説明する信義則上の義務があったと考えられます。従って、売主Aには、説明義務違反に基づく損害賠償責任が発生する可能性もあるでしょう。
一方、仲介業者Bは、火災発生の事実を売主Aから知らされていなかったようですが、焼損の痕跡が台所のレンジフード付近を下から覗き込めば容易に発見できるものであるとすると、仲介業者の調査説明義務違反の可能性も考えられます。その場合には、仲介業者Bに対しても損害賠償請求ができる可能性があります。
【解説】
1.瑕疵担保責任と免責特約
民法は、売買契約の目的物に「隠れた瑕疵」がある場合に、売主は買主に対して、損害賠償責任と契約解除の責任を負うことを定めています(民法566条・570条)これは、売買目的物に隠れた瑕疵があった場合に生じる売買契約当事者の不公平を是正するために定められた規定です。瑕疵担保責任は、任意規定であるため、当事者の特約によって、売主の責任を免除や軽減、加重することもできます。ただし、売主の責任が免責等される範囲については、売買契約締結の際に特約において明確に定める必要があり、契約締結時に契約当事者が想定していなかった瑕疵については免責特約等の効力は及ばないと解されています。また、売主が故意に瑕疵の存在を隠したまま瑕疵担保免責特約を締結した場合にも免責特約の効力は認められません(民法572条)。
2.現状有姿特約
中古物件の売買契約では「現状有姿での引渡」との文言が見受けられることがあります。「現状有姿での引渡」との文言の趣旨が、前記1の瑕疵担保免責特約の意味をも含む趣旨なのか、単に引渡し時点の現状で引き渡した事の確認の趣旨に留まるものなのか問題となることがあります。この判断は、契約締結過程の事情を総合して慎重に判断する必要がありますが、一般的には、後者と判断されるものと思料します。
本件の売買契約の場合は、別途、瑕疵担保責任の免責特約を規定している点から見ても単に引渡し時点の現状で引き渡した事の確認の趣旨に留まるものと考えられます。
3.火災発生の過去が「瑕疵」に該当するか
本件の中古住宅の火災は、約8年前に発生した台所でのボヤ火災であり、レンジフード、壁紙や横木の表面等が焼損しましたが、売主Aにおいて、焼損した部分のうち、レンジフードや換気扇等の交換可能なものは既に売買契約前に交換済であり、横木の焼損も表面的なもので建物の耐力構造に一切影響が無いことが明らかになっています。
中古住宅における過去のこのような状態の火災の事実は、売買の目的物の「隠れた瑕疵」に該当するのでしょうか。
日常生活を過ごす住宅において火災が発生したとの事情は、その居住者にとって決して気分の良いものではないでしょう。一般的に、住宅の火災発生の事実は、居住者にとり「主観的欠陥(瑕疵)」となり得るものです。
この中古住宅において火災が発生したとの事情は、居住者であるあなたにとっても「主観的欠陥(瑕疵)」となり得るでしょう。従って、たとえ、中古住宅の現状が、交換可能な部位を全て交換し、焼損の痕跡はあるものの構造耐力に一切影響がない状況である場合にも瑕疵担保責任が生じる「隠れた瑕疵」と評価される場合があり得ます。
本件事例と同様に、築26年以上を経過した中古住宅の売買契約において瑕疵担保責任の免責特約を付し現状有姿で譲渡したとの事例において、裁判所は、中古住宅の売買では建物の「通常の経年変化」は売買代金額に織り込み済みであるが「通常の経年変化を超える特別の損傷等」がある場合には、売買代金額に織り込んでおらず、建物の「瑕疵」にあたると解すべきであると判断しました。
そして、中古住宅に火災発生による損傷等が存在する場合、焼損自体が直接的に本件建物の物理的価値に影響を及ぼしたとは認められないとしつつも、「建物の客観的価値は物理的な価値のみによって構成されるものではなく、買い手側の購買意欲を増進し又は減退させる物理的価値以外の建物に係る事情によっても左右される」とし、「規模は小さくても火災に遭ったことがあって、その具体的な痕跡が本件損傷として残存しており、消火活動が行われないまでも消防車が出動したという事情は、買い手側の購買意欲を減退させ、その結果、本件建物の客観的交換価値を低下させる」として「本件損傷等は、通常の経年変化を超える無視し得ない特別の損傷等であって、本件建物の瑕疵に当たる」と瑕疵該当性を認める判断をしています(東京地方裁判所平成16年4月23日判決)。
このような裁判例を前提とすると、本件の中古住宅の火災発生による焼損等が瑕疵担保責任を生じさせる「隠れた瑕疵」に該当し、売主Aは瑕疵担保責任を負わなければならない可能性が高いと考えられます。
4.仲介業者の調査説明義務
前記3の裁判例では、仲介業者は中古住宅の火災発生の事実を売主から知らされていなかったものの、焼損の痕跡が台所付近を下から覗き込めば容易に発見できたと認定され、仲介業者に対して仲介契約に基づく調査説明義務違反によって生じる損害賠償責任を認めています。
焼損の痕跡の状態、火災発生の時期等によって、仲介業者の調査説明義務が認められるか否かは事例ごとに判断の分かれる可能性がありますが、本件の中古住宅の売買では、仲介業者Bの調査説明義務違反に基づく損害賠償責任が認められる可能性がありそうです。
5.まとめ
前記裁判例では、建物の客観的価値は、物理的価値だけでなく、買い手の購買意欲を増進し又は減退させる建物に係る事情によっても左右されるとし、火災発生の事実や焼損の痕跡等が瑕疵担保責任の生じる「隠れた瑕疵」に該当すると判断しています。あくまでも、前記裁判例における事情のもとでの判断ですが、火災以外にも事故や事件等、買い手の購買意欲を左右する事情に関しては、あらかじめ説明することが後のトラブル防止の観点から必要となります。なお、令和2年4月1日以降は、「瑕疵担保責任」は、「契約(目的物)の不適合責任」と改正されますのでご注意ください。