不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
敷地権(賃借権)付マンションの敷地の二重使用に伴うトラブル
【Q】
私は、売主Aからマンションの一室を居宅として購入しました。このマンションは、売主Aが居宅兼分譲用マンションとしてA所有地(以下、「敷地部分」といいます)に賃借権を設定した敷地権付区分所有建物です。なお、売主Aは、マンションの建築確認申請に際し、マンション建築面積を増加する意図で「敷地部分」に隣接する所有地(以下、「隣接地」といいます)の「一部」をマンション敷地に使用する承諾を行いました。その後、売主Aが死亡し、息子Bがマンションや「敷地部分」「隣接地」等を相続しました。
最近になり、息子Bは、「隣接地」を敷地とする戸建住宅の建築確認申請を行いました。戸建住宅の敷地は、マンション敷地に使用されている「隣接地」の「一部」が含まれていました。すなわち、「隣接地」の「一部」が敷地として二重使用されたのです。そのため、建築確認申請を受けた建築主事は、私たちマンション区分所有者に対し「隣接地」に戸建住宅が建築されるとマンションが建築基準法上の建ぺい率、容積率を満たさない違法な状態となるのでマンションを適法な状態に維持することを求め、これに従わない場合には是正命令を行う場合がある旨の勧告を行いました。
私たちマンション区分所有者は、息子Bに対し、戸建住宅の敷地から「隣接地」の「一部」を除外するよう要請しましたが、息子Bは、その要請を拒否し、「隣接地」を敷地とする戸建住宅の建築確認を受けて建築を行いました。その結果、マンションは建築基準法上の違法な状態となり、少なくとも、今後、同程度の規模の建築が困難となり、マンションの資産価値が減少する被害を受けました。私たちマンションの区分所有者は、息子Bに対しこの被害の賠償請求ができるでしょうか。
【回答】
息子Bは、相続により、マンションの区分所有者、「敷地部分」及び「隣接地」の所有者、並びに、「敷地部分」の賃貸借契約の賃貸人の地位を承継しました。
マンションの区分所有者は、マンションの保存に有害な行為、その他マンションの管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為が禁止されています(区分所有法6条1項)。従って、マンションの区分所有者の一人である息子Bが「隣接地」の「一部」を含む「隣接地」全体を敷地として戸建住宅を建築する行為は、マンションを違法な状態にさせるものであり、マンション区分所有者の共同の利益に反する行為と言える場合には、この禁止規定に違反する不法行為となる可能性が考えられます。
又、マンション「敷地部分」の所有者及び賃貸借の賃貸人は、「敷地部分」の賃貸借契約に付随する信義則上の義務として、マンションの建築確認を受ける際に敷地として申請した土地を引き続き利用できるように協力すべき義務があると考える余地があります。この場合、息子Bの「隣接地」全体を敷地とする建築行為は所有者としての権限行使として許容される反面、この協力義務に反する不法行為となる可能性が存在します。
従って、あなたを含めたマンションの区分所有者は、マンションの区分所有者である息子Bに対し、又は、マンション「敷地部分」の所有者及び賃貸借の賃貸人である息子Bに対し、不法行為に基づく損害賠償請求が認められる余地が存在します。なお、その場合でも損害の範囲については慎重な検討が必要でしよう。
【解説】
1.建築確認申請に伴う敷地の二重使用
(1)「隣接地」の「一部」の二重使用
売主Aは、マンションの建築確認申請に際し「隣接地」の「一部」をマンション敷地に使用する承諾書を提出し、「敷地部分」及び「隣接地」の「一部」をマンション敷地とする建築確認を受けて建築を行いました。
一方、息子Bは、「隣接地」の「一部」を含む「隣接地」全体を敷地とする戸建住宅の建築確認申請を行い、「隣接地」全体を敷地とする戸建住宅の建築確認を受けて建築を行いました。
その結果、「隣接地」の「一部」は、最初はマンション敷地の一部として、その後、戸建住宅の敷地の一部として二重に使用され、敷地の二重使用が生じました。
(2)敷地の二重使用に関する対応
建築主事は、このような「隣接地」の「一部」の二重使用となる建築確認申請を受けた場合、「隣接地」の「一部」を最初のマンション敷地から除外する対応を行うか、又は、戸建住宅の敷地から除外する対応を行います。
前者の場合、建築主事は、マンション区分所有者らに対し、マンションが敷地面積の減少に伴い建築基準法上の建ぺい率、容積率を満たさない違法な状態の建物となるので適法な状態に維持するよう行政指導を行います。マンション区分所有者らは、違法な状態を解消するために一部の解体除去などを検討します。他方、戸建住宅は「隣接地」全体を敷地とする建物として建築が認められます。
後者の場合、マンションは適法な建築物として現状のまま維持されますが、戸建住宅は、敷地の減少に伴う縮小建物に変更して建築確認が行われ、縮小建物の建築が行われます。
本件の場合、建築主事は、「隣接地」の「一部」をマンション敷地から除外する対応を行い、マンションの区分所有者らに対しマンションを適法な状態に維持することを求め、従わない場合には是正命令を行う場合があるとの勧告を行いました。その結果、あなたのマンションは敷地が「敷地部分」に縮小し、将来において同規模の建築が困難となり資産価値の減少が生じた可能性が存在します。
(3)建築主事の審査権限
こうした敷地の二重使用の問題が生じる背景として建築確認申請における審査内容が限定的である点が指摘されています。建築主事は、建築確認申請に際し、建築される建物が敷地として申請される土地との関係で容積率を満たしているかを形式的に判断するにとどまり当該土地の私法上の権利関係まで確認する立場にないとされています。この点は、下記の裁判例(東京高裁昭和54・9・27判例)からも明らかです。
「建築主事は、当該建築物の敷地について、その境界線の正否や使用権限の有無など私法上の法律関係を審査する権限のないのはもとより、現場に臨んで敷地の実状が申請書記載と符合するかどうかを調査すべき職務上の義務もなく、申請書に基づきその計画が前記法令の規定に適合するかどうかを形式的に審査すれば足りるものというべきである」。
又、建築主事に提出された売主Aの「隣接地」の「一部」をマンション敷地に使用するとの承諾書は、「隣接地」の「一部」の利用に関する権利義務を表示するものではなく、建築主事に対する売主Aの意向表明に過ぎないと解されています。そのため、建築主事は、マンション区分所有者が「隣接地」の「一部」の使用権を有しているのかを審査する立場にないのです。
2.マンション区分所有者の利益相反義務
マンションの区分所有者は、建物の保存に有害な行為その他建物の管理又は使用に関し区分所有者の共同の利益に反する行為が禁止されています(区分所有法6条1項)。マンションが区分所有者の共同生活の場所であることから区分所有者の共同の利益に反する行為が禁止されているのです。従って、区分所有者の共同の利益に反する行為は、他の区分所有者に対する不法行為とされる可能性が存在します(民法709条)。
息子Bは、このマンションの区分所有者です。従って、マンションの区分所有者の共同の利益に反する行為が禁止されています。
息子Bの「隣接地」を敷地とする戸建住宅の建築は、「隣接地」の所有者としての権限行為ですが、このマンションの区分所有者として、マンション敷地を減少させ、マンションを建築基準法上の違法な状態にさせ、将来において同規模の建築を困難にする行為でもあります。従って、マンションの区分所有者の共同の利益に反する不法行為と考えられます。
あなたを含むマンションの区分所有者は、息子Bに対し不法行為に基づく損害賠償を請求することが可能と考えられます。この点について、同様の判断をした下記の裁判例(東京地裁平成12・5・25判例)が存在します。
「マンションの区分所有者が、その敷地に隣接しマンションの建築確認を受ける際に敷地の一部として申請した自己所有地に建売住宅を建築するための建築確認を受ける行為は、マンション自体の存立を危うくするものであって他の区分所有者に対する不法行為を構成する」
3.マンションの敷地部分の所有者兼賃貸人の賃貸借契約上の付随義務
売主Aは、マンション建築に際し、「隣接地」の所有者として「一部」をマンション敷地に使用する承諾書を提出し、「敷地部分」と「隣接地」の「一部」をマンション敷地とする建築確認を受けました。そして、マンション分譲に際し、「敷地部分」について、自らを賃貸人とする賃貸借契約を設定し敷地権登記を行いました。この経緯を見ると、売主Aは、「敷地部分」の所有者兼賃貸人として、マンションの区分所有者らに対し、マンションを適法に維持するために、「隣接地」の「一部」を継続的に敷地利用させる意思を有していたと推測できます。
従って、息子Bは、売主Aの「敷地部分」及び「隣接地」所有権、並びに、賃貸借契約の賃貸人の地位の承継者として、「敷地部分」の賃貸借契約の借主であるマンションの区分所有者らに対し「隣接地」の「一部」を継続的にマンション敷地に利用させる付随的な協力義務を負担していると考えることも可能でしょう。なお、「敷地部分」及び「隣接地」が第三者に譲渡された場合の事例ですが、「敷地部分」の所有者兼賃貸人について同様の判断を行った次のような裁判例(東京地裁平成29・4・28判例)があります。「マンションの底地の所有者は、借地契約に付随する信義則上の義務として、マンションの区分所有者らが建築確認を受ける際に敷地の一部として申請された土地を引き続き敷地として利用することに協力する義務を負う」。
このように「敷地部分」の所有者兼賃貸人である息子Bの「隣接地」を敷地とする建築行為は、賃貸借契約に付随する信義則上の義務として、売主Aが建築確認を受ける際に敷地の一部として申請した「隣接地」の「一部」を引き続きマンション敷地として利用させる協力義務に違反する不法行為と考えることができます。あなたを含むマンションの区分所有者は、息子Bに対し損害賠償を請求できる可能性が存在します。
4.損害の範囲
あなたを含むマンションの区分所有者が請求できる損害賠償の範囲は、息子Bの不法行為により生じた損害です。この損害には、このマンションを適法な状態に維持するために必要な費用(マンションの一部の解体除去や修復に要する費用)が考えられます。
又、将来において同程度の規模の建築ができないことによるマンションの資産価値の減少も損害と考えられますが、その損害評価については経済的な変動も影響するので慎重に検討する必要があります。ちなみに、前記2の裁判例(東京地裁平成12・5・25判例)では、不法行為に基づくマンションの資産価値の減少損害を敷地面積の減少の割合に応じて算出しています。しかし、前記3の裁判例(東京地裁平成29・4・28判例)では、「敷地部分」及び「隣接地」が第三者に譲渡された事例であり、第三者への譲渡自体が不法行為に当たるものではないから、資産価値の下落分は、不法行為と相当因果関係のある損害とは認めることができないとしています。
5.まとめ
マンション敷地に借地権(賃貸借、地上権)を設定した借地権付マンションが販売され、敷地が所有権(共有)であるマンションに比較し割安な販売価格であることから人気もあります。しかし、借地権付マンションの借地権の対象地と建築確認を受けたマンション敷地に違いが存在すると、その後に、本件マンションのようなトラブルとなる場合があります。このトラブルは、借地権付マンションの売買に際し、建築確認、及び、借地権の有無を確認しますが建築確認の敷地までを確認することは少ないため、買主が両者の違いを認識せずに契約したことから生じると思料されます。このトラブルは、マンションの適法な維持、及び、存立に影響を与える重大な紛争です。しかも、前記1の背景事情から、借地権の対象地と建築確認の敷地に違いが存在する可能性は否定できません。借地権付マンションの売買に係る関係者は、マンションの建築確認申請書類にあたりマンション敷地を確認することが必要と思料します。