不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
使用貸借している土地の売却
【Q】
昨年、父Aが亡くなり、私が本件土地を単独で相続しました。将来的に本件土地を売却したいと考えていますが、数十年前から、亡父Aの弟Bが本件土地上に家を建て、Bの妻Cと住んでいます。亡父Aは、Bが実の弟であることから無償で本件土地の使用を認めていたようです。
(1)本件土地の売却に向けて、Bから本件土地を返還してほしいと考えています。私は、Bに対し、本件土地の返還を求めることができるでしょうか。
(2)BもCも高齢となっていますが、仮に、将来Bが死亡した場合、私は、妻Cに対して、本件土地の返還を求めることができるでしょうか。
【回答】
(1)亡父A(貸主)とB(借主)との間には、本件土地上に借主Bと妻Cの居宅を建築し所有することを目的とした、本件土地の使用貸借契約が成立していたと考えられます。あなたは、亡父Aの相続により、本件土地の使用貸借契約上の貸主の地位を承継しています。したがって、本件使用貸借契約上の終了事由・解除事由がないかぎり、本件使用貸借契約は継続し、あなたは、借主Bに土地の返還を求めることはできません。
(2)借主Bの死亡後も、妻Cが本件土地上の建物での生活を継続している限り、本件使用貸借契約の目的は達成しておらず、本件使用貸借契約は終了しないと判断される可能性があります。この場合、本件土地の返還を求めることは難しいでしょう。
【解説】
1.使用貸借契約と賃貸借契約
(1)親子間において親の所有地上に子が家を建て居住することを無償で認めている場合等、親族のような緊密な間柄では、無償(無償に近い形で)で土地や建物の使用を認めているケースはめずらしくありません。このように、貸主が借主に対して目的物を無償で使用収益させ、借主は契約終了時に目的物を返還する合意を使用貸借契約といいます。
これに対し、賃貸アパート契約や借地契約等、一般社会において、貸主が借主に対して目的物を使用収益させる契約として賃貸借契約がありますが、賃貸借契約では、借主が貸主に対して使用収益の対価(賃料)を支払う合意がされます。
後記の通り、当事者間における合意が使用貸借契約か賃貸借契約であるかは、貸主・借主双方の立場に大きな影響を与えます。しかし、緊密な間柄においては、口約束により合意され、契約書を作成していないことも多いため、後に合意内容を巡り紛争に発展することも珍しくありません。
(2)前記の通り、使用貸借契約と賃貸借契約は、使用収益の対価(賃料)の支払いの有無によって区別されますが、事案によっては、借主から貸主へ少額の金銭が支払われているケースもあり、当該少額の支払いが使用収益の対価(賃料)として認められ、賃貸借契約が成立したと判断できるのか問題となることもあります。
裁判実務では、土地の使用収益の対価の支払いに関し、借主が貸主に公租公課相当の金員を払っていた事案において、公租公課相当の金員の支払いでは土地の使用収益の対価とはいえないとして、使用貸借契約の成立を認める判断をしている例もあります。各事案の事情により判断は異なってきますが、公租公課相当の支払いでは、賃料の支払いとは認められず、使用貸借契約と判断される可能性があります。
2.使用貸借契約の終了事由・解除事由
(1)使用貸借契約は、
①期間を定めた場合には期間満了により、
②期間を定めなかった場合に使用収益の目的を定めた場合には、目的に従い使用収益を終えた時、
③借主の死亡により、終了します(民法597条)。
また、②期間を定めず使用収益の目的を定めた場合に、目的に従い借主が使用収益をするのに足りる期間を経過したときは、貸主は契約を解除することができ、また、当事者が期間並びに目的を定めなかったときは、貸主はいつでも解除することができます。また、借主はいつでも契約を解除することができます。(民法598条)
これらの民法上の規定は任意規定と解されているので、当事者が別段の特約をした場合には、当事者間の特約によることになります。
(2)これらの使用貸借契約上の貸主の地位は、特別の合意がない限り、貸主死亡による相続によって貸主の相続人に承継され、使用貸借契約は継続します。一方で、前記のとおり、借主の死亡は使用貸借契約の終了事由であるため、特別の合意がない限り、借主の死亡により、原則として使用貸借契約は終了することになります。
3.使用貸借契約の第三者対抗力
建物所有目的の借地契約や借家契約(賃貸借契約)は、賃借権の登記や借地借家法上の対抗要件によって、第三者対抗力を備えることができますが、土地や建物の使用貸借契約には、借地借家法は適用されず、使用貸借権を登記することもできないため、第三者対抗力がありません。したがって、貸主が使用貸借されている土地を第三者に売却した場合には、借主は、土地を購入した第三者に対して使用貸借権を対抗することはできず、購入者から立ち退きを求められた場合には、原則として、これに従わざるをえないことになります。
もっとも、土地を購入した第三者が借主へ立ち退きを求めることが権利の濫用に該当するような特別の事情がある場合には、立ち退きが認められない場合や、一定の立退料の支払いが必要となる場合もあります(東京高裁平成30年5月23日)。
4.本件事例の場合
(1)亡父A(貸主)とB(借主)との間には、本件土地上に借主Bと妻Cの居宅を建築し所有することを目的とした、本件土地の使用貸借契約が成立していたと考えられます。
前記2の通り、使用貸借契約上の貸主の地位は、相続によって承継されるため、父Aの死亡により、あなたは使用貸借契約上の貸主の地位を承継しています。したがって、あなたは、借主Bとの間で使用貸借契約上の終了事由・解除事由がない限り、本件使用貸借契約は継続し、本件土地の返還を求めることは難しいでしょう。
(2)では、将来、借主Bが死亡した場合は、これにより使用貸借契約は終了したと考えることができるのでしょうか。
前記の通り、借主の死亡は使用貸借契約の終了事由とされており、借主Bの死亡により使用貸借契約は終了したとも考えられます。一方で、本件使用貸借契約の目的は、本件土地上に借主Bと妻Cの居宅を建築し所有することであり、借主B死亡後も、妻Cが存命である限り、妻Cが本件土地上に居宅を所有するとの目的は未だ終了していないとも考えられます。
この点につき、親族間の土地の使用貸借契約に関し、土地上に建物を所有することを目的としている場合には、特段の事情のない限り、建物所有の用途に従ってその使用を終えたときに、返還時期が到来するものと解すべきであり、借主が死亡しても当然には使用貸借契約は終了しないとした裁判例があります(東京地裁平成5年9月14日判決)。一方で、親族間の建物所有を目的とした土地の使用貸借において、借主死亡の場合に相続人にも貸与する旨の特約がなければ、借主死亡により使用貸借契約は終了すると判断しているものもあります(東京高裁昭和61年7月30日)。
このように裁判においても、事案ごとに判断は分かれていますが、各事案において、当事者間が使用貸借を認めた意図・目的、使用貸借期間・使用に伴う事情の変化等を総合的に判断し、使用貸借契約が終了したのかを実質的に判断する必要があります。
本件使用貸借契約では、借主Bと妻Cの居宅を建築し所有することが目的とされ、数十年前から使用貸借が継続していること、また、妻Cも高齢であること等の事情のもとでは、妻Cが本件土地上の居宅での生活を継続している限り、本件使用貸借契約の目的は達成しておらず、本件使用貸借契約は終了していないと判断される可能性があります。したがって、この場合には、あなたは、Cに対して本件土地の返還を求めることは難しいでしょう。
5.まとめ
本件事例のように、親族間においては、無償での土地や建物の使用貸借を口約束で認めているケースが少なくありません。合意した当事者の間では、信頼関係が前提となり、明確な取決めがなくともトラブルにならなかった場合でも、ひとたび、相続等によって契約上の地位が承継され、信頼関係が失われると、契約内容や明渡しをめぐり紛争に発展することがあります。前記の通り、使用貸借契約は、賃貸借契約に比べて、借主の権利が脆弱な面がありますが、一定の事情のもとでは、使用貸借契約の終了事由の判断は実質的に判断され、目的物の返還が認められない場合もあるため、使用貸借されている土地・建物の売却を検討する際には、目的物の返還の可否について慎重に判断する必要があります。