不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
投資用物件購入後の入居者退去に伴うトラブル(残置物の処理等に関するモデル契約条項)
【Q】
私は、昨年投資用物件(マンション1棟)を購入しました。本物件購入の際には、仲介業者から、満室稼働中の物件として紹介を受け、利回りが良いとの説明を受けて購入を決めました。しかし、購入直後に入居者の退去が続き、予定した賃料収益が見込めなくなりました。
(1)満室物件として紹介を受けたにもかかわらず、購入直後に退去が続いたことは、売買契約上の問題にならないでしょうか。
(2)また、入居していた単身の高齢者が亡くなり、相続人もいなかったため、賃貸借契約の解除や残置物の処理に苦労しました。本物件には、他にも高齢の入居者がいるため、今後同様の問題が生じないように、予防策を考えたいと思っていますが、なにか方法はあるでしょうか。
【回答】
(1)本物件売買契約締結前に、入居者の退去予定が明らかとなっていたにもかかわらず、これを隠して満室物件として紹介していた場合には仲介業者の説明に要事項説明義務違反があると考えられます。また、売買契約締結時、将来的に空室が生じる可能性、これに伴う収益減少等のリスクについて明確な説明をせず、満室を前提とした収益が将来的に保証されるかのような断定的な判断の提供がされていた場合、仲介業者に対して説明義務違反に基づく損害賠償等の責任追及ができる可能性があります。
(2)賃借人が単身の高齢者である場合、入居者が亡くなった後の賃貸借契約や残置物の処理に関する事務委任契約を第三者と締結することで、死亡後の事務処理を受任者となった第三者との間で解決することが可能となります。国交省がこれに関し「残置物等に関するモデル契約条項」を公開しています。
【解説】
1 投資物件の購入前のリスクに関する説明
投資物件の売買に際し、仲介業者は、購入者に対して、将来的に得られる賃料収益・物件価格の上昇・節税等のメリットだけでなく、空室による減収・賃料の減額・物件価格の下落等のリスクについても説明する必要があり、一定の利益が確実に保証されるとの断定的な判断の提供が禁じられています(宅建業法47条の2第1項)。
特に、マンション1棟を満室物件として紹介する際には、満室時の収益性が将来的に保証されるとの誤解を与えぬように、将来的に空室が生じる可能性、それによる収益性の減少について明確に説明の上、さらに、売買契約締結時に退去予定が明らかである場合には、退去予定の時期等について、仲介業者は購入者に説明をする義務があり、これらの説明が不十分な場合には、仲介業者の説明義務違反の可能性があります。
本件ケースでは、本物件購入後に退去が続き、当初想定していた収益性が確保できない状態となったようですが、本物件購入前に、退去予定が明らかであったか、また、仲介業者から空室リスク等に関する適切な説明がされていたかを検討する必要があるでしょう。
2 残置物の処理等に関するモデル契約条項
(1) 賃借人死亡による賃貸借契約への影響
賃貸借契約における賃借人が亡くなると、賃借権と物件内に残された残置物の所有権は、亡くなった賃借人の相続人に承継されます。相続人の存在が明らかである場合には、相続人との間で、賃貸借契約の終了ないし承継について意思確認の上、残置物の処理についても対応することができます。
一方、相続人が不明・いない(相続放棄を含む)場合には、賃貸借契約の終了及び残置物の処理について問題が生じます。賃借人の相続人が不明・いない場合には、財産管理人選任の申立を行い、選任された財産管理人との間で、賃貸借契約を終了させ、残置物の処理を行うことになりますが、財産管理人の選任には時間と費用がかかり、迅速な対応が困難となります。このような対応の困難さから、賃貸人が単身の高齢者に対して部屋を貸すことを躊躇し、単身高齢者の入居の機会が少なくなることが問題とされてきました。
(2)残置物の処理等に関するモデル契約条項
このような賃借人死亡に伴う事後処理の問題に対し、賃貸人の不安と負担を軽減させ、単身高齢者の入居の機会を拡大するため、国土交通省が「残置物の処理等のモデル契約条項」を公開しました。
同モデル契約条項では、単身高齢者(60歳以上)との賃貸借契約締結にあたり、賃借人と受任者との間で①賃貸借契約の解除と②残置物の処理に関する死後事務委任契約を締結することで、賃借人の死亡後、賃貸人は受任者との間で、①賃貸借契約の解除と②残置物の処理をすすめることが可能となります。
モデル契約条項は、賃借人の死亡を停止条件として、①賃貸借契約の解除権の代理権を受任者に付与し、②残置物の処理(廃棄・指定先への送付等)事務を受任者に委任することを内容とする契約です。死亡した賃借人や相続人の利益に配慮した事後処理が実現できるよう、モデル契約条項における受任者には、推定相続人や居住支援法人等がふさわしいとされ、賃貸人は適さないとされています。また、死後事務委任契約の利用は賃借人に一方的な負担をしいる側面もあるため、死亡後の事務処理の問題が生じにくいケース(賃借人が若年層の場合や高齢の二人世帯の入居の場合、保証人が確保できる場合等)でこのモデル契約条項が使用された場合、死後事務委任契約自体が民法や消費者契約法に違反し無効と判断される可能性があります。
本件設問のケースにおいても、モデル契約条項を参考にして、単身高齢者の残置物処理等の問題に対応することが考えられます。
3 まとめ
投資用物件の売買においては、仲介業者がメリット・デメリットを明確に説明することが必須となります。事後のトラブルとならないよう、何をどのように説明したのか書面等に残し、双方で確認する過程が大切となります。
また、国土交通省が公開した「残置物の処理等に関するモデル契約条項」については、受任者を誰にするのか、受任者への費用負担をどう分担するのか、どのようなケースで無効となるのか等、不確定要素は未だありますが、単身高齢者の入居の拡大、また賃貸人の負担軽減につながることが期待されます。