不動産売買のトラブルを防ぐために判例等を踏まえ弁護士が解説したアドバイスです。
改正障害者差別解消法
【Q】
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律が改正されたとききました。
不動産取引にどのような影響があるでしょうか。
【回答】
障害を理由とする差別の解消の推進に関する法律(以下「障害者差別解消法」)の改正法が令和6年4月1日より施行されました。同法は、行政機関等や事業者に対して、障害のある人への「不当な差別的取扱い」の禁止、また、障害のある人への「合理的配慮の提供」を求めることを定める法律です。同法の改正により、事業者に求められる「合理的配慮の提供」が努力義務から義務へと改められました。障害のある人が適切に不動産取引を行えるように、事業者等は各取引の事情に応じた柔軟な対応が求められます。
1 改正障害者差別解消法
障害者差別解消法は、全ての国民が、障害の有無によって分け隔てられることなく、相互に人格と個性を尊重し合いながら共生する社会の実現に向け、障害を理由とする差別の解消を推進することを目的として、行政機関等や事業者に対して、障害のある人への「不当な差別的取扱い」の禁止、また、障害のある人への「合理的配慮の提供」を求めることを定める法律として制定され、平成28年4月1日に施行されました。
障害者差別解消法における「障害者」とは、身体障害のある人、知的障害のある人、精神障害のある人(発達障害や高次脳機能障害のある人も含む)、その他の心身の機能に障害がある人で、障害や社会的障壁によって、日常生活や社会生活に相当な制限を受けている状態にある人が対象となります。
同法における「事業者」とは、商業その他の事業を行う企業や団体、店舗であり、目的の営利・非営利、個人・法人の別を問わず、同じサービス等を反復継続する意思をもって行う者をいい、個人事業主も含まれます。
また、同法の対象となる事業は、教育、医療、福祉、公共交通等、日常生活及び社会生活に係る分野等であり、不動産取引に関連する、宅地建物取引業、マンション管理業、住宅宿泊管理業、賃貸住宅管理業、特定転貸業も同法の対象となります。
障害者差別解消法では、制定当初、事業者による「合理的配慮の提供」を努力義務と定めていましたが、これを義務化すること等を内容とする改正が行われ、同改正法が令和6年4月1日に施行されました。
これに伴い、国土交通省が事業者向けの対応指針を改正し公表しています。改正後の対応指針では、宅建業者だけでなく、不動産管理業(マンション管理業、住宅宿泊管理業、賃貸住宅管理業、特定転貸事業)を追加し、不当な差別的取扱いや合理的配慮の提供の具体例を示しています。不動産取引に際しては、これらの対応指針に基づき、適切に対応する必要があります。
(1)不当な差別的取扱いの禁止
行政機関等や事業者は、その事務又は事業を行うに当たり、障害を理由として、サービスの提供を拒否することや、サービスの提供に当たって場所や時間帯を制限する等、障害のない人と比較して「不当な(正当な理由のない)差別的取扱い」をすることを禁止されています。
ア.「不当な差別的取扱い」の具体例
国土交通省の対応指針では、不動産取引業における「不当な差別的取扱い」にあたる例として、下記の具体例等を示しています。
・ 物件一覧表や物件広告に「障害者不可」と記載する。
・ 賃貸物件への入居を希望する障害者に対して、障害があることを理由として、賃貸人や家賃債務保証会社への交渉等、必要な調整を行うことなく仲介を断る。
・ 先に契約が決まった事実がないにもかかわらず、「先に契約が決まったため案内できない」等、虚偽の理由にすり替えて説明を行い、賃貸人や家賃債務保証会社への交渉等、必要な調整を行うことなく仲介を断る。
・ 障害があることのみを理由として、一律に、障害者に対して必要な説明を省略する、または説明を行わない。
イ.「正当な理由」がある場合
「正当な理由」の相当性については、障害者に対して、障害を理由として、財・サービスや各種機会の提供を拒否するなどの取扱いが客観的に見て正当な目的の下に行われたものであり、その目的に照らしてやむを得ないと言える場合であるとしています。
事業者等は、個別の事案ごとに、障害者・事業者・第三者の権利利益等の観点を考慮し、安全の確保、財産の保全、事業の目的・内容・維持、損害発生の確保等の観点から、具体的場面や状況に応じて総合的・客観的に判断する必要があります。
国土交通省の対応指針では、障害の状況等を考慮した適切な物件紹介や適切な案内方法等を検討するため、必要な範囲で、プライバシーに配慮しつつ、障害者に障害の状況等を確認すること、は正当な理由があり、不当な差別的取扱いに当たらないとしています。
(2)合理的配慮の提供
行政機関等と事業者は、その事務・事業を行うに当たり、障害者から「社会的な障壁を除去して欲しい」旨の表明があった場合に、その実施に伴う負担が過重でないときには、社会的障壁を除去するために、必要かつ「合理的な配慮」を講ずることが義務付けられます。
ア.「合理的配慮」の具体例
国土交通省の対応指針では、不動産取引業における「合理的配慮」の例として、下記の具体例等を示しています。
・ 障害者や介助者等からの意思の表明に応じて、ゆっくり話す、手書き文字、筆談を行う、わかりやすい表現に置き換える、IT機器の活用等、相手に合わせた方法での会話を行う。
・ 書類の内容や取引の性質等に照らして特段の問題が無いと認められる場合に、自筆が困難な障害者からの要望を受けて、本人の意思確認を適切に実施した上で、代筆対応する。
・ 物件案内時に障害者や介助者等からの意思の表明に応じて段差移動のための携帯スロープを用意する。
「合理的配慮の提供」に際しては、事務・事業の目的・内容・機能に照らし、①必要とされる範囲で本来の業務に付随するものに限られること、②障害者でないものとの比較において、同等の機会の提供を受けるためのものであること、③事務・事業の目的・内容・機能の本質的な変更には及ばないこと、以上3つの要件を満たすものであることに留意する必要があります。
イ.過度の負担の有無
過度な負担の有無については、①事務・事業の影響の程度、②実現可能性の程度、③費用・負担の程度、④事務・事業規模、⑤財政・財務状況等を考慮し、具体的場面や状況に応じて、総合的・客観的に判断することが必要とされています。
国土交通省の対応指針では、宅建業者が歩行障害を有するものやその家族等に、個別訪問により重要事項説明等を行うことを求められた場合に、個別訪問を可能とする人的体制を有していないため対応が難しい等の理由を説明した上で当該対応を断ることは、合理的配慮義務違反に該当しないとしています。この場合、個別訪問に代わり、WEB会議システム等を活用した説明を行うこと等の配慮をすることが望ましいとしています。
一方、内見等に際して、移動の支援として、車椅子を押して案内を行う、事務所と物件の間を車で送迎する等の対応を求める申出があった場合に、「何かあったら困る」という抽象的な理由で具体的支援の可能性を検討せずに支援を断ることは、合理的配慮の提供義務違反に該当するとしています。
合理的配慮の提供に当たっては、障害のある人と事業者等との間の建設的対話を通じて相互理解を深め、共に、対応案を検討していくことが重要であり、建設的対話を一方的に拒むことは、合理的配慮の提供義務違反になる可能性があるため、注意が必要です。
2 まとめ
令和6年4月1日より、障害者差別解消法の改正法が施行され、事業者(個人事業主を含む)に求められる「合理的配慮の提供」が義務化されました。不動産取引において、何が「不当な差別的取扱い」に該当し、また、どのような「合理的配慮の提供」が求められるのかについては、取引内容、障害のある人の性別・年齢、状態等により異なるものと考えられます。障害のある人との対話の中で、実現可能な対応策を模索し、柔軟に対応する姿勢とそのための準備が求められています。